9沢田はもう銃を握らなかった。獄寺は沢田の前に立ちはだかり、真っ直ぐ、鍵の開いた ドアを見つめた。何かの幕の開くような静かな期待感をもって、ドアはゆっくり開いた。 「…脅かすなよ」 山本が笑っている。いつもの立ち姿だが、右手が懐に潜り込んでいる。右手は銃把から 離れ、そっと額をぬぐう。そんな山本を見る二人の視線はひどく静かだ。特に沢田のそれ は凍った湖のように静まりかえっていた。 「笑い事じゃなくなった」 沢田は立ち上がり、ベッドのシーツに手を滑らせ皺を伸ばした。 「こういうことだ」 「………」 山本の顔が苦く引き締まる。沢田は探るように山本の目の奥を覗き込もうとしたが、獄 寺の背が阻んだ。獄寺は頑なに沢田の前に立ちはだかる。沢田は胸の中でだけ、溜息をつ いた。指先で腕に触れてやると、獄寺はすぐに退いた。 冷気をまとって沢田は二人の横をすり抜ける。 「さ、今度こそ作戦会議だ」 しかし、座席に腰掛けた沢田はそれきり口を噤んでしまい、沈黙の時間だけが流れた。 獄寺は斜向かいの席に座っている。山本は通路に佇み、じっと沢田の横顔を見ていた。そ の視線はいぶかるでも、責めるでも、問うでもなく、惑わず見守るものだった。 列車は時々揺れる。風雪の轟音が突き抜ける。ここはロシアだ。沢田は窓に向かい、腕 を伸ばす。凍った窓に指先を這わせ、一本の線を描く。それはだらだらと伸びて、下降し、 窓枠でようやく止まった。指先のぬくもりに溶かされた氷が滴となって手を濡らし、しか しぬくもりを奪われる指先は夜闇を裂く雪と同じ温度に凍てついてゆく。 「隠す場所があると思うか?」 沢田はぽつりと言った。答えなど期待していないかのような口ぶりだった。獄寺は黙っ て沢田を見ている。 「あるかもしれない」 しかし山本が答えた。 「どこに」 「ベッドの下、別の部屋、連結部、どこにだって場所はある」 「なら、今まで俺たちがしてきたことは無駄だったんじゃないか」 「ツナ…」 「山本」 ガラスの上で、沢田の手が拳を作った。 「どこまで知っているんだ」 獄寺が息を飲み、山本を見た。山本は口を噤んでいた。しかし視線は、やはり惑うでな く、見守るようにツナに降り注ぐ。 「何を知ってるんだ、山本は」 わずかに肩が震えている。奥歯をきつく噛み締めている、口元がかすかに痙攣する。 列車が揺れた。雪の嵐が叩きつけられる。窓が震え、天井の明かりが二、三度明滅した。 「ツナ…」 山本は口を開いた次の瞬間、沢田の上に覆い被さった。獄寺は慌てて腰を浮かせたが、 すぐに山本と沢田とは逆の方向に銃口を向けた。 沢田は呆然と、逆光の中の山本の顔を見ていた。眉を寄せながら、山本は苦しそうに、 しかし笑っていた。悲鳴を口の中で噛み殺し、沢田を安心させる笑顔を浮かべようとして いた。 「や…ま……」 口角を持ち上げ笑おうとした山本の唇の端から、血が一筋流れる。そして沢田は耳にツ ンと突き刺さる銃声と、かぎ慣れた硝煙の匂いに気づいた。 「山本!」 「十代目、まだ伏せていてください!」 獄寺が叫ぶ。 「でも…山本!」 「ツナ、大丈夫だ……」 山本が笑った瞬間、飛び散った血が沢田の頬を濡らした。 雷鳥の啼きざま |