8勢いよく扉を開く。先頭を獄寺が、そして両手に小銃を構えた沢田が飛び込んだが、二 人の勢いを殺いだのはあまりにも呆気ない無人の気配だった。そこには誰もいなかった。 生者も死者も隔てなく、そこには只一人の影もなかった。ベッドの上のリボーンの姿さえ、 なかったのだ。 沢田はゆっくりとベッドに歩み寄った。獄寺は窓を確かめ、それから再び戸口へ向かう。 その動きがかき乱す空気の中に、血の匂いさえかぐことは出来なかった。まるで死体など 最初からなかったかのように、空気は清冽で、ベッドのシーツにも皺一つなかった。 「鍵を壊された様子はありません」 「そうだろうな」 「え?」 獄寺が尋ね返す。沢田は扉に近づき、内側の鍵をつまんで捻って見せた。かちりと音が する。 「内側から出て行くなら鍵は要らない」 「でも…」 「外から壊した様子もない。細工をした痕跡もない。もしかしたら痕を残さないような細 工をしたのかもしれないけど、いつ誰がやって来るか分からない状況で、そんな時間のか かることはしないだろう。なら……内側から出て行ったのさ」 「本気ですか、十代目…!」 獄寺の顔が蒼褪める。 「まさか、リボーンさんが生き返ったなんて、本気で…?」 「リボーンが? 生き返った?」 沢田はそれこそ目を剥いて獄寺を見た。 「そんな馬鹿なこと、俺だって思わない。落ち着けよ、獄寺君。死んだ人間が生き返った りなんか、しないんだ」 獄寺の目が揺らぐ。沢田はシーツを捲り上げ、ベッドの下の暗い空間を曝け出した。 「俺達はこの部屋に入った時、誰もいないのを確認しようとした。でもここまで見たか? ここに最初から犯人が隠れていた可能性はあるんだ」 「ああ…!」 獄寺は深く嘆息し、そして部屋は沈黙に包まれた。 改めて寒い部屋だった。リボーンの死体をここに横たえた時は、そんなこと感じもしな かった。リボーンの血がこの手を濡らしたからだろうか。その手も洗った。血の匂いがし ない。空気に不純物の混濁はなく、寒さは厚い上着の上からも刺すかのようだ。 「少し、頭が冷えてきたよ」 沢田はベッドに腰かけ、ぽつりと言った。獄寺が顔を上げた。 「犯人は当たり前のことをしてるだけなんだ。凄いトリックを使ったとか、特殊な盲点を 突いたんじゃない。俺達が勝手に怯えて、慌てて、犯人のいいように踊らされてる。いい や」 沢田の視線と獄寺の視線が交わり合った。 「勝手に踊ってるだけかもしれない。十年前みたいに」 獄寺が何かに刺されたかのような顔をした。 「思い出さないか。この無茶と無軌道ぶり。突発的な事件の積み重ねに、計画性のない場 当たり的な俺たちの行動。この血なまぐさささえ除けば、まるで十年前のドタバタ劇じゃ ないか」 犯人は俺たちのことをよく分かってるよ、と沢田は結んだ。 「十代目…」 獄寺は沢田の前に膝をつき、その目を見上げる。 「十代目は疑っているんですか。あいつが、犯人だと…」 「君は疑ってなかったのか?」 「でも動機が…」 「親の仇でもなければ納得できない? どんな些細なことだって成り立つよ」 ぐい、と沢田の腕が伸び、獄寺の襟を掴む。そのまま強引な口づけを、獄寺はただ受け るしかなかった。 「ぼっと…すんな…」 唇を話した隙間に沢田が囁く。途端に、獄寺の腕は枷を失ったかのように暴れ出した。 沢田の頭をかき抱く。沢田は呻いたが、それは喉の奥で喜びに震える声だった。 「…これでいいんだ。動機なんて」 ようやく獄寺が唇を離し、沢田は目の縁を赤くして呟いた。 二人の耳には、この部屋に近づいてくるゆっくりとした足音が聞こえていた。 プライマリに捧ぐ |