4揺れる廊下を走る。銃声が聞こえたのは隣の車両。ランボの部屋のある車両だ。よろめ く沢田は、獄寺が手を貸そうとするのを振りきり走った。 連結部の扉が滑る。硝煙の匂いと血の匂いがした。そして銃声にはつきものの、予想通 りのものがそこには倒れていた。胸から血を流し倒れる一人の男。黒いスーツに黒の中折 れ帽。手にはCZ75セカンド。 「リボーン…?」 違うのはそれが外部からやってきた殺し屋や殺人鬼の類ではなかったことだ。 ランボの部屋の前に倒れているのは、正しくリボーンだった。しかしその胸は真っ赤に 染まり、冷たい眼光を放つ双眸が今は濁った灰色で宙を見ている。僅かに開いた口元から は血が一筋、線を引いていた。 鉄の音。沢田は顔を上げる。丁度正面、もう反対側の連結部の扉が開いている。そこに 佇む小さな人影が誰であるのか、理解した瞬間、沢田の全身に喩えようのない痛みが走っ た。血が全て凝固して、身体中の血管の中で棘にでも変わったしまったような、恐ろしく、 激しく、鋭い痛みだった。 黒いスーツに黒い中折れ帽。手にはCZ75セカンド。つぶらな瞳と、渦を巻いたもみ あげ。見間違えるはずがない。彼とは十年連れ添っているのだ。しかし、十年。あれから 十年だ。何故。 「リボーン!」 沢田は叫ぶ。叫んで走り出す。 後ろから止める獄寺の声と、そして手が背中を掠めた気がしたが振り払った。目の前に は十年前の、あの赤ん坊の姿のリボーンしかいなかった。 「リボーン!」 再び叫ぶ。赤ん坊はそのつぶらな瞳で笑い、扉を閉めようとする。 「待て…!」 目の前で扉が閉まる。ノブを掴む手ももどかしく横開きすると、そこには仄かな照明に 照らされた通路が伸びているだけだった。 誰もいない。誰の気配もなかった。しかし沢田の目にはあの姿がしっかりと焼きついて いる。あれは。 「十代目!」 放心している背中を声が叩く。 「ツナ!」 沢田はゆっくりと振り向く。獄寺が廊下に倒れた男の側にしゃがみこんでいる。山本は 銃の引き金に指をかけ、警戒したまま、沢田にこちらへ戻ってくるようメッセージを送っ ている。 「…彼は、無事?」 気の抜けた声で沢田は言った。 「その、倒れてる人。大丈夫?」 「十代目…」 「解ってる、そこまで壊れてない」 沢田は頭を振り、獄寺の言葉を遮った。 「ただ…混乱してるだけだ」 通路の絨毯にも血は染みている。そしてじわじわと広がっていた。沢田もまたしゃがみ こみ、男の顔を覗き込んだ。黒い中折れ帽のツバを押し上げる。渦を巻いたモミアゲ。ス ーツは去年の誕生日に沢田がプレゼントしたものだと解った。 「リボーン…」 その時、山本が小さく指で合図をした。ランボの死体が寝かせられたままの部屋の扉が 薄く開いている。獄寺が沢田を守るように立つ。山本は勢いよくその扉をスライドさせた。 雪混じりの冷たい風が吹きつける。しかし山本は顔も覆わず、銃口と同じく真っ直ぐに 部屋の中を見る。だが、先まで驚くほど冷静なままだった山本の目が見開かれた。 ガラスの破片、舞い散る羽。乱れたベッド。血の染みたシーツ。そこにはそれだけしか なかった。ついさっき彼らを驚かせたランボの死体は、煙のように消えていた。 夜這星の死に方 |