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 酔いどれながらも医者は「瞳孔開いて息止まって心臓止まってりゃ死んだぜ」と名言を
吐き、後ろから「大丈夫っす、十代目には俺がついてます!」という場違いな励ましにし
かし励まされ、沢田はボスとして知るべき、そして見届けるべき務めを果たした。
「十代目」
「ああ、ありがとう…」
 差し出されたお絞りで顔を覆う。心地よい。沢田は座席に深くもたれかかり、腹の底か
ら「ああ」と息を吐いた。
「ローマに帰りたい」
「並盛じゃなくて、ですか」
「誰も知らない所に行きたい」
「ローマじゃ有名人ですよ」
「じゃあ……」
 お絞りで顔を拭い、脇に控える獄寺を見上げる。
「どこがいいと思う?」
「モナコなんかどうです」
「観光地じゃん」
 獄寺が笑う。いつもの笑顔より、穏やかで優しい。ついさっきランボが死んでしまった
のに、もう忘れたかのような笑顔だ。それとも陰惨な事実を忘れさせようとして、そんな
笑顔になったんだろうか。けれども沢田の知る限り、獄寺はそんな気遣いの出来る人間で
はない。彼はいつも直球で、鈍感な山本が(最近、その鈍感は計算づくなのではないかと
思わなくもないのだが)オブラートになってようやくバランスを保っていたのだ。
「…観光地もいいかもね」
「ええ」
「でもギャンブルとか疲れる」
「カーレースは」
「もっとのんびりしたいよ」
「じゃあ、トスカーナなど」
「映画みたい。悪くないけどね」
 沢田は冷たくなり始めたお絞りを獄寺に返す。返しながら、その掌を見詰め言った。
「君の家、とか、言わないんだ」
「え?」
「いいんだけどね」
 沢田は再び座席に沈み込む。いいタイミングで山本が来るのが解った。
「ローラー作戦だ」
「で?」
「まだ見つからない」
「犯人ってさあ」
 天上を見上げ、沢田は目を細めた。
「犯人です、って感じなのかなあ」
「と言うと…」
「推理小説とか二時間ドラマとか、だいたい涼しそうな顔してる奴が犯人じゃない。で、
これマフィアの列車なんだろ? ボンゴレ・ライナーなんだろ? わざわざ犯人が乗り込
んで来るのかな。それで、ランボだけ殺すんだろうか。何で、ランボなんだろ。訳わかん
ないし。何か、色々納得いかないんだよ」
「内部犯を疑うってことになるぜ、ツナ」
「…それも、嫌だけどさ」
「それに十代目、今の話だと連続殺人でも起きそうな感じですよ」
「あー…それはもっと嫌だけどさ」
 その時、一発の銃声が三人の耳に届いた。



ワールドメランコリ





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