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「バースデイ・プレゼントだ。喜べ」
 男は黒い帽子の縁から、窓の外の闇よりも深い色を湛えた眸を覗かせた。口元だけが笑
っている。目は窓ガラスと同じように凍てついている。
 吹雪だった。闇の中を、車内から漏れる光に照らされて時々白い線が走るように見えた
が実際には音を全て食い尽くすような何億という雪が、雪原をひた走るこの列車に向かっ
て襲いくるのだった。
 沢田ははりついた氷のため磨りガラスのようになってしまった車窓に手を伸ばした。
「冷て…」
「外は零下だ」
「十月なのに…」
「流石はロシアだ」
 ロシアかぁ、と沢田は呟いた。目の前の、モミアゲがくるんと渦を巻いた殺し屋は、十
年来の家庭教師は、リボーンは手に新聞を持っていた。イタリア語でもないよなあ、とは
思っていたが、ロシア語だとは思わなかった。そうか、ロシア語の新聞だったのか。
「…って言うか違うよな!?」
「違わねーぞ、誕生日のプレゼントだ」
「拉致ってロシアの特急に乗せることが!?」
「ツナ…」
 リボーンは新聞を折りたたみ、正面から、呆れたように沢田を諭した。
「お前は二つ間違えている」
「な、何を…」
「一つ、この列車はただロシアを走っているんじゃない。オーロラを観に行くんだ」
「へ…へー、ロマンチックだな……」
「二つ、この列車が俺からのプレゼントだ」
「……は、い?」
「名づけてボンゴレライナー」
「もしもし、リボーンさん?」
「世界最速ってのも悪くないかと思ったが、旅行の醍醐味を楽しめないのも野暮だ。最高
時速は200キロに設定してある」
「…それ、速いの?」
 そこでリボーンは初めて楽しそうに笑った。
「速いぞ?」
「…速いんだ……」
 沢田は座席にもたれかかり、とても座り心地がよいことに気付いた。どっと疲れた身体
を包み込むような優しさだった。上質の革と、靴の下の木の床のぬくもり。
「…金、かけたんだね」
「ボスのバースデイ・プレゼントだからな」
 そう答えるリボーンの顔は、もうロシア語の新聞の向こうに隠れていた。
 沢田も頬を少し緩め、もう何も問わないことにした。この列車を作る金や、下手すれば
この路線を作る金というものまで存在するかもしれないが、考えないことにした。感じる
べきは、これを作ってまでオーロラを見せる旅をプレゼントしようとする、リボーンのら
しからぬ好意だったし、ロシア語の新聞の向こうに隠れた笑顔なのだ。
 雪原の夜の深い青に染められた車窓に自分と、新聞で半分隠れたリボーンの姿が映って
いる。沢田は、また指先を窓に向かって伸ばした。その時。
 リボーンが顔を上げた。険しい目が沢田を越してドアを見詰めていた。沢田もまた振り
返り、ドアを見た。
 けたたましい足音を鳴らして客室に飛び込んできたのは獄寺だった。
「大変です、十代目! リボーンさん!」
「どうした」
「ランボが殺されました!」
「ええぇぇぇぇえぇえぇぇ!?」
 ようやく受け入れたバースデイ・プレゼントという現実もまた、レールの上の氷片のよ
うに、あっという間に、粉々に砕け散ったのだった。



器の決壊





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