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 銃をポケットに押し込んで、だぶついたセーターで隠す。リボーンが不愉快そうに「自 覚しやがれ」と吐き捨てたが、そんな説教は聞かない。そもそも、昨日の誕生日でさんざ んはめを外した男(それが沢田の視界の外だったとしても、はめの外しすぎだ。電話の向 こうの、今にも死にそうなランボの声と言ったら!)には言われたくない。
「大体、タイミング考えろよ」
「考えた末だ。お前ら、自分の浮かれ具合に気づいてねーのか」
「浮かれてたのは獄寺君!」
「だからこういう目に遭う」
「うっさい!」
 ドアを蹴り開け、自室を飛び出す。セーターにジーンズ姿の沢田を見て、部下の何人か が思わず、子供をなだめるような仕草をしたが、すぐにそれが自分達のボスであると気づ いて目を丸くした。沢田は玄関には向かわず厨房脇のドアから外に出、裏門をくぐって路 地に出た。人気のない路地を抜け、秋の日差しの下を走る。大通りに出たところで、尻の ポケットを叩いて小銭を確認。路面電車に乗る。獄寺が搬送された病院までは距離があっ た。
 獄寺が撃たれて入院していることを知らされたのは今朝であり、それは沢田の誕生日だ った。昨日はリボーンの誕生日ということで内々に祝いの席を設けたが、そこに主賓は現 れず、また企画者である沢田を過剰なまでにサポートするはずの右腕の姿もなかったのは 北イタリアとの交渉が難航しているのだと、ディーノ付近から聞かされていた。事実、関 係はそうであったし、沢田はそれを疑っていなかったが、まさかこちらのパーティーを蹴 ってリボーンが愛人(ボヴィーノのランボ。まさかの愛人関係も長いという話もショック だったが)のもとにしけこんでいるのも唖然としたが、それ以上に開いた口が塞がらなか ったのは、獄寺の負傷と、それがもう三日も前の出来事だということだ。
 これとて正式に報告されたのではなく、山本がうっかり口を滑らせたのである。リボー ンは絶対に黙っているつもりだったろう。携帯電話は忘れてきた。腕時計もつけていない。 車窓に額を押しつけ、街中の時計を探す。昼が近い。もし獄寺が動ける状態ならば、きっ と病院から這って出てきている。そして這いずってでも自分の足下に跪いている筈だ。き っと手には深紅の薔薇。それさえないということは、今も目を覚ましていないに違いない。
 背中に視線が刺さる。勿論、沢田は有名人なのだ。次の停留所は病院より、まだまだ離 れていたが沢田は飛び降りる。タクシーはよっぽど危険な気がしたし、おそらく金も足り ない。沢田は街を駆け抜ける。途中、息が切れたので、店先にとめられていた自転車を拝 借する。緩やかな坂を快調に滑り降り、玄関前に接収自転車を再び放置。エレベーターが 待ちきれず、階段を駆け上る。彼の眠る個室が随分上の階だと解っていても、走るのをや めない。
 ネームプレートの出ていない病室の扉を乱暴に開けると、カーテン越しの柔らかな光に 点滴のチューブが透けて見えた。沢田はあふれる呼吸と唾を飲み込み、ベッドに近づく。
 獄寺が眠っていた。静かに眠っていた。眉間にはわずかに皺。
「…獄寺君」
 小さな声で呼ぶ。
 獄寺の寝息は静かだった。そして穏やかだった。よく眠っている。
「起きろ」
 起きない。目蓋はぴくりとも動かないし、目覚めない。
 沢田はポケットに押し込んでいた銃を取り出し、獄寺の眉間に押しつける。
「…起きろ」
 低く、繰り返す。
 しかしその殺気じみた沢田の怒気にも、獄寺は目覚める様子はない。
「…お・き・ろ」
 髪を鷲掴みにし、鼻先で命令を繰り返す。
「起きろ…、バカ、…バカっ!」
 沢田は小さな声で叫び、無理矢理獄寺の唇を奪う。右手に握りしめたままの銃と、獄寺 の頭蓋骨がぶつかり合うのが伝わってくる。沢田は角度を変え、なおもキスをやめない。 やがて、小さなうめき声が聞こえ、震える指先が自分に触るのが分かり、自分が苦しくな ってもやめなかった。
「…………」
 じゅうだいめ、と呼ぶ口の形をようやく作ったまま、しかし獄寺は息苦しさに、口元か ら流れ落ちる唾液を拭うこともできず、ただ呆然と沢田の顔を見ていた。沢田は自分の口 元を拭い、息をつく。獄寺は尚も惚けていて、沢田が右手に握ったままの銃にも気づかな い。
 沢田は銃口を獄寺に向けた。
「俺に言うことがあるだろ」
 獄寺が唾を飲み込んだ。そしてまだ薬で、あるいはキスでふらつくらしい頭を回転させ 始める。沢田は容赦なく、獄寺の眉間から銃口を外さない。勿論、安全装置は外している。 引き金には人差し指。
「十代目…」
 獄寺は沢田の突きつける銃にそっと両手を添え、銃口に口づける。
 掠れた声で、獄寺は言った。
「お誕生日、おめでとうございます」
 右手の人差し指が震える。沢田は左手で右手を押さえ、ゆっくり、銃口を獄寺から外す。 獄寺は悲鳴を噛み殺しながら起き上がり、沢田の両頬に手を添える。
「新しい一年も、愛しています。十代目」
 そっと触れるだけの唇。しかし優しく、それは長い時間触れ合っていた。
 喉が引き攣る。沢田が細い嗚咽を漏らすのを、獄寺は自分の胸に抱きしめた。
「遅刻して、申し訳ありません」
 沢田は黙って、獄寺の傷の上にキスをする。そして獄寺の背に腕を回した。

          *

「ツナ、俺の誕生日プレゼント、気に入ったかなあ」
「最低だ」
 にやにや笑う山本の隣で、リボーンはやはり不愉快そうに吐き捨てた。



BGM : fake star / Ken Hirai





これでもツナ誕。