スリーハンドレッド・サーティ・スリー




 前から三両目で待ってる、とメールが来た。地下鉄のホームを抜けながら、山本は短く返信する。了解。目の前はエスカレーターで人の流れがわずかに淀む。山本は歩調を緩める。携帯電話をポケットに突っ込み、顔を上げる。エスカレーターで上る人々の黒い頭。恐ろしいほどの人の流れ。次に来る電車の前から三両目。彼を待っているのは二人だけ。(あるいは一人だけ)。
 一番ホームに電車が到着する。前から三両目。ドア開閉の立ち位置にはもう人が並んでいる。ブレーキの音。電車が、がっくん、と揺れて見えるのは、中の乗客の姿が揺れたせいだろう。流れにのって電車に乗り込む。座席の隅に、見慣れた姿がある。人の間をすり抜けて、辿り着く。
「ツナ」
 沢田が顔を上げる。
「来た」
 嬉しそうな顔だ。両手で携帯電話を握っている。メール画面が開かれている。短く、了解、の文字。
「おせーぞ」
 獄寺が眉を寄せて言う。電車に乗る限りダイヤに左右される時間を早い遅いと指摘される理不尽さに彼は気付いているのだろうか。山本はどちらでも構わなくて、自分に会えば憎まれ口を叩かずにはいられないこの友人に(友人だと思っているのだが、相手はどうだろう。仲間、ではあるか?)親愛の情を感じる。
「今日は?」
「ここ」
 沢田が携帯を操作して、別の画面を見せる。
「三人で行くと割引」
 真っ赤なゴシック体のフォントで「33センチバーガー」の文字。
「時間内に食うと?」
「タダ」
「やらざるをえねーな」
「だろ」
 沢田は食べる前から嬉しそうで、ちょっとタダを確信しているっぽい。それは三人で行くから、と思っているのだろうけど、山本は別の視点から、多分タダになるだろうと思っている。七割程度の確立で。沢田のために命さえ投げ出しかねない男が隣に座っている。ハンバーガーに命を賭すのはやりすぎかもしれないけれど。
 実際にそれをタダで食べたのは山本だけだった。あとの二人は三倍の料金を払った。でも山本の分がタダになったことを考えると「三人で行くと割引」と同じ金額になった。
 腹がくちくなり、帰りの地下鉄で沢田はだらしなくうとうとする。獄寺が、沢田の揺れる頭を自分の方に引き寄せたいが、周りの目が気になって、出来ない。左手を握るだけだ。そして遠くを見るような目をしながら、握った沢田の掌の体温に全てを委ねている。
 山本は沢田の頭が時々肩にぶつかるのを感じながら、天井でくるくる回る扇風機を見ている。三枚羽の扇風機は地下鉄のぬるい空気を、なんとかかき混ぜる。不意に、鼻孔に沢田の髪の匂い。整髪料の匂いだ。それから33センチバーガーの残り香。この花火の後のような匂いは獄寺だろうか。
 沢田の頭が、こっくりと山本の肩に乗る。獄寺が横目で見てくる。山本は少し笑って、軽く目蓋を閉じた。





ストライプらばーずの風さんへ。物凄く遅刻しながら3周年おめでとうございます。