ムービング・マイ・ホーム




 彼が我が子のように愛していると思しき日曜大工、殺され屋謹製のテーブルの上に深々と日本刀が刺さっていて何事かと思い、医者の足はリビングの入り口で止る。当の殺され屋はソファで寝こけていて、しかも寝息が聞こえない。濡れたハンカチを顔に乗せても動かないことから、本気で死んでいるらしい。起きろ、と蹴飛ばすと、バレてましたか、と起きた。
「何やってんだ正月早々」
「いやー殺され屋には余り関係ないですよ、新年とか」
 濡れたハンカチで顔を拭き、あーさっぱりした、と呟く殺され屋は、日本の居酒屋に来ておしぼりで顔を拭くおっさんかとも見える。
「まあ、そういう理由で。このヤサも使い勝手が良かったんですが、住んでた人間が死んでしまってはね。死人が引っ越しする訳にもいきませんから、そこは一つよろしく、ドクター・シャマル」
「やなこった」
 医者は冷たく言い放ち、すぐさま踵を返す。
「あらら…?」
「ここにゃ骨休めに来てんだよ。この様で休めるか」
 すると殺され屋は目を丸くして、
「私は随分信頼されたもんですねえ」
 呆然と口にした。
「死人に口がねえのはよく承知してるからな。それだけだ」
「やあ。……やあ、やあ、まるで親友みたいじゃないですか」
 医者の手は既にドアノブを握っていたのだが、殺され屋はそれを無理矢理引き留める。
「おい、引っ張んな! 掴むな! 男が触るな!」
「まあまあ、飲んでいってくださいよ、コーヒー」
 死人がいれるコーヒーですよ滅多にないですよ、と言いながら殺され屋は医者の身体を無理矢理椅子の上に落ち着けさせる。医者の目の前にはテーブルと朝日を受けて閃く日本刀。
「ポットのお湯は沸いてるんです。すぐにいれますから」
「…骨休めにならねえよ」
「落ち着きませんか?」
「落ち着くか!」
 結局、医者はキッチンにやってきて、二人で立ったままコーヒーをすすった。





2009.1.3 日記にて