お尻のキュートな娼婦




「辞めちゃうのかよ」
 と彫西さんは言った。
「うん、あんまり得意じゃないし。でも辞めないよ。ただ娼婦メインでやってくなら彫西さんの専門外じゃない」
 誰か他の斡旋屋につくのかと尋ねないのはマナーだったかもしれないけど、彫西さんは本当に私に興味がなかったのかもしれない。それとも彼の手から離れるから急速に興味を失ったか。
 契約書のある関係じゃないし、絶対にお金を取ることにしてるから彫西さんとは寝なかった。今回の手取りだけもらってこの足で別のところに行こうと思ってた。アパートはもう引き払っていた。って言っても荷物はなかったけど。ただ、ハヤちゃんを置き去りにしただけ。私は彫西さんが封筒を渡すのを待ってた。するとこの人は急に立ち上がって、お尻のポケットを探った。
「水族館行くか」
「なにそれ」
 車のキーが音を立てる。私は初めて彫西さんの車に乗る。いかにもって感じのBMW。車は本当に水族館に向かう。ナビで設定したんだもの。
 私達は並んで青い光に照らされて上向いてぼんやり口を開けてジンベイザメを見ている。
「でも、あたし、辞めるわよ」
「うん、いいさ」
 彫西さんはよれよれの茶封筒を渡す。表には私の仕事用の名前が鉛筆で書かれている。もう何回も使い回している封筒だ。私は中身を数えて抜き取って、封筒を彫西さんに返す。多分この人は消しゴムで私の名前を消して、また新しい子が入ってきたら使い回すんだろうな。彫西さんはそれをお尻のポケットに入れた。
「千円、多かった」
 退職金にしては少なすぎる。お小遣いでも少ない。
「千円なら、何ができる」
「セコいんだから」
 私は横に一歩。カーディガンの袖からはみ出た指先で彫西さんの掌に触れる。彼は何もしない。私は指を絡めてしっかりと握り締める。お互いの汗が滲むくらい。
「千円か」
「特別よ」
 手を繋いでジンベイザメの巨大な水槽の前を歩く。