「フライト」感想



母がレイトショーを観に行こうと言ったので急遽、観に行きました。
それまでこういう映画があることも知らなかった。
ロバート・ゼメキス監督…んん、聞いたことあるぞと思ったら『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『フォレスト・ガンプ』の監督でした。覚えとけよ…。
彼の作品をそんなに追いかけている訳ではありませんが、人の描き方とその演出にいよいよ磨きのかかっている感じ。
シーンのつながりや切り替え、音楽の使い方など、作り手として意識しつつ見ると、ぐぬぬさすが大先輩。
カメラがパンした瞬間に明らかになる事実、最初は何でもない病室のように映されていても登場人物が一人どいた途端に露見するハッとする真実。
ショッキングなものは特に印象に残るけれども、ラストの方、カメラが回り込みながら主人公に時間が重ねられるところとかね。
ゼメキス監督はCGをそういう風に、細やかな表現のために用いることが多いって言うけど、はあ、感心するなあ。
まずストーリーを置いといて描かれる光景や、その描き方を見ると、結構好きな映画でした。

さて内容の話をしたいと思いますが、まずこの話題から入ってみましょう。
以前、『ロミオ・マスト・ダイ』という映画がありました。
漫画家の内藤康弘先生が「露魅男、死すべし」と訳していたそのセンスが好きで今でも覚えていますが、この「色男は死ぬ」という言葉は確かにその通りであるなあ、と思うことがあるのです。チェ・ゲバラ然り、阿紫花英良然り、ジャイロ・ツェペリ然り。
では生き延びるのはどういう男かと言うと、今回の映画の主人公みたいなタイプであるかなと思う訳です。

墜落寸前だった飛行機を背面飛行という常軌を逸したテクニックで操縦し、乗客乗員102人のうち96人を救った英雄、それがこの映画の主人公です。
一見屈強そうな男であり、事故直後は英雄として報道されますが、水面下ではその時点で既に疑惑の目が向けられており、それはだんだんと表出するものとなってゆく。
アル中で薬物依存症、パイロットの制服と虚勢を剥がした下にある男の正体はこれ。
でもさあ、これが土壇場でコカイン使ってシャキッとなっちゃったりすんのよ。
あんまり自分では書かないタイプのダメ男だなあって思った…。

物語の最重要シーンはやはり最後の公聴会なのですが、ここで印象的なのは主人公よりも調査チームのリーダーの女性。
いかにも仕事できる女性という感じで、物語が事故後に移ってからは弁護士から何度もキツイ質問をしてくるタイプだと言われてきたのですが、いざ主人公の前に立ち質問する姿は…確かに凛としているがその目が哀しみに満ちている。
欺瞞も嘘も知っている。だから怒りをあらわにする、のではなくてその目は今にも泣きだすのではないかという悲哀に満ちていました。
ここで思い出すのはキリスト教の地獄、ダンテの神曲。
地獄の一番深い階層はコキュートス、裏切りの罪を犯した者が氷漬けにされる凍てついた場所。
…昨年末から友人との間で裏切りが何故あれほどまでに汚れた行為であるのか、人を信じるということ、あるいは人から信じられているということはどれだけ重要なことなのかを何度も話しましたが、ここ、まさにそれで、死者の尊厳を汚すということは、人の心があればそれが絶対的(定言命法的)に許されないものであると改めて感じられるのです。
そこに相手だけでなく、まず自分を尊厳ある人間として扱うかどうかが出てくる。

信頼を得るということ、裏切るということの重みを非常に感じて……帰宅したのは深夜0時過ぎ、その後2時まで頑張ってみたけれども、映画の内容に頭が引っ張られて小説は書けなんだ。
いや、引っ張られた内容のを書いてもいいはずなんだが。
人間の弱さを見つめ、それを認めるってしんどいね。だから断酒会とかAAとかあるんだな。

どういう映画だった?って尋ねられたら、いい映画だったって答える。
更に尋ねられたら、映画の始まりに二度返るような映画、って言う。
全く違う意味で、二度、あの映画の冒頭に返るの。