「パフューム」感想



パフューム。「ある人殺し」の「物語」。

物語を摂取するのが好きです。
待ち時間、トイレに行く時、寝る前、いつも何か物足りない気分になって本を手に取る。
映画は? 勿論、物語を求める訳です。面白そうなものを選ぶ。
この映画は、物語の摂取という欲求を存分に満たす作品でした。
パフューム。ある人殺しの物語。
またの名を、ヨーロッパ座敷わらし物語。

主人公の人生を追いかけていくと、この物語は『オリバーツイスト』のような
苦労を重ね、人生の幸福を手にする物語でもあります。
悪臭ふんぷんたる中世パリの魚市場で生まれたグルヌイユは、
生まれて間もなく育児院に引き取られ、成長後は皮なめし工場に売られ、
その稀有な才能を花開かすその日まで、じっと耐えて生き延びます。
そしてようやくパリの調香師に弟子入り。
そこで技法を学び、さらに香水作りの本場である町へ向かう。
更なる技術を獲得したグルヌイユは、とうとう至高の香水を作り上げる…。
おお、健全な物語のようだ。

しかし、先程「ヨーロッパ座敷わらし物語」とご紹介したとおり、
彼のいる間は平安で、また富も得ますが、
彼が去ってしまうと、産みの母親から育児院の女、皮なめしの親方、師匠の調香師まで
皆、待ち受けているものは不意の死。
更に、最終的な香水の原料は人間ですから、そこではグルヌイユの手自らなる
殺人も起こされ、そりゃもうコロコロと人が死んでゆくのですが
思いの外、悲惨さも、残忍さも感じられない。
それは、座敷わらし的死は、ちょっと寓話的滑稽さもある表現であること。
殺人に関しては、描写が淡々としていたせいもあるでしょうが、
殺人が全くの手段であること、そしてそこに性も愛も絡まないから、ではないかと思います。

原作はミステリで、主人公は殺人犯です。
観ていると、主人公に肩入れしてしまうんですね。逃げて逃げてー!と思い、手に汗握る。
が、究極の香水を作り上げた直後にグルヌイユは捕まってしまいます。
そりゃもうハラハラした。
判決によって与えられた刑は、感情と罰が見事に融合した鉄の棒打ち12回+絞首刑。
うわあああ、もう死刑台に連れて行かれるようう、と
手汗でびっしょりになっているところで、それこそ芳香のじわじわと染みこむ様な
そして最後は津波のように押し寄せる大逆転劇。
その、予告でも使用された、映像によって香りを表すその力。
いえ確かに監督とか演出家の力量もあるのですが、力というより恍惚そのもの。
恍惚とする大どんでん返し。

私は、この映画は、その恍惚のピークで劇場を出てもいいと思います。
それでも何ら欠損はないと思うのです。
死刑台の上で大逆転を引き起こして見せたグルヌイユがその後どうなるのか。
私は別に知らなくてもいいと思った。それでも幸福です。
むしろ幸福なまま、ああ面白かった、で終われるかもしれない。
あ、こう言っていますが、別にオチに不平があるわけではないのです。
ただグルヌイユは死刑から一転、逆転したのだから、その後幸せになりました…、という
童話の常套句みたいになってほしいじゃないですか。

でも殺人を犯した人間は、やっぱりケジメをつけなきゃいけないんです。
誰でもそうだし、そうされるべきだと思う。
私も、自身でそういう話を書いたときに、どれだけ犯人が好きでも、
最後には大きな何かを受けさせてしまうのです。
そして彼も同じ道を辿った。
けれどもそれはとても、この物語の主人公らしい、本当にピッタリな最期です。
こうあるべきだ、と思える。
それも含めて物語はとても面白かった。
……でも、ああ、あの幸福感に浸っていたかったよなあ、と思うんですよね。

最後に。フランス座敷わらし物語、ではなく、ヨーロッパにしたのは
舞台はフランスだったのですが、言語が全て英語だったので、
特にフランスって感じがしないなあ、と思ったからでした。
世界観を把握するものとして、やっぱり言語は外せないなあと実感。
フランス語だったら、「天使」は何だったのかなあ。
Forgive me, my son !
そうそう、大盛り上がりの恍惚の場面、皆が愛し合う中、男同士のパートナー発見。
うん、愛だな。