「Colorful」感想



これだけは言わせてくれ。
いや寧ろこれだけを言わせてくれ。



プラプラマジ天使!



原作を十年程前に読んだ時から泣いたし、今回も泣いたし、ポイントを書き出そうとすれば尽きないが、実はプラプラとの別れのシーンが一番予想外に泣けたかもしれない。たしかにあの場面は、主人公が己は何者でどういった罪を犯したのかを思い出し、どう生きていくのかを決断する重要なポイントだけれども、プラプラの正体については忘れてたんだよなあ、すっかり。
テレビでやってた宣伝用の特番、30分の、で原監督は今回演出においてそぎ落とすことに重きを置いたという話だったけれども、プラプラも例に漏れず。光に包まれて消えるとかそんな派手なこともなく、こっちも感極まって何か感動的なことを言うでなく(いや、もう充分言ったけど!)、感情は頭突きという行動によって隠し、そしてその行動からこそ滲み、最後はただ歩いて画面の外に消えていく。カメラは固定だから、本当に、ただ、感慨もなく画面の外に歩いていった。その数歩。
そこの演出が一番印象的だったかも。他にも、登場人物は真正面から観客席に向かって言葉を投げて、それを真正面から受け止めてっていう、主人公と早乙女くんの遣り取りとか、色々あるけれど、技術としての演出で、あそこまでストイックになってみたい。
ストイックな見せ方、と言えばお母さんもで、灯油をこぼすシーンとかボディブローのように心にくる。あとお母さんが泣く場面、既見感を覚えた人はいなかったかしら。お母さんって、ああいう感じで泣くんだよね。食卓でずっと泣いてるの。見覚えがある。家に帰って急にお母さんに優しくするのも何か出来なくて、結局普段どおりにしちゃったけど、やっぱり親も積み重ねて人生を生きてるんだよなあ。
お父さんは空気かと思ったら、なかなかすごい人でした。最後まで激しいところを見せないけれど、あれはいいお父さんだと思う。お父さんに関しては、うん、語りだすと違う方向に行くから、お兄ちゃん行こう。あちこちでツンデレ(ww)と言われていますが……うん、その表現だなあ、正しく。でも、弟を持つ身としてはね、キャラがツンデレだとか、そういうのは全く浮かばなくて、ずっと比較してた。自分と。神社で倒れている主人公を見つけた「真!」と呼ぶ声、あれがお兄ちゃんだと分かった瞬間、胸にぐっときた。クライマックスの食卓が見せ場の90%だけど、それでもすごく出ているよねえ。彼らしさ、彼がどういう人物なのかが分かる。すげえな。
人物としては全く覚えていなかった早乙女くん。今でも原作にいたっけ?ってくらい思い出せない。でもいい奴だった。というか玉電ですよ。うおおぉあ。これは色んな意味でいい映画だぞう。背景とか風景がほんと、ええのよねえ。NHKの番組では(食事シーンを踏まえての発言だったけど)「これだけやって原監督がアニメに固執する意味って?」って言われてたけど、アニメだから懐かしく残る景色だったなあ、という気もする。単に私がアニメが好きなだけかもしらん。
でもねえ、これだけ真面目に、腐女子フィルターもなく見た映画、アニメも久しぶりすぎるほど久しぶりだったけど、それでもプラプラだけは…!
だってショタが!
ああもう!
あそこで主人公にプラプラを抱き締めさせない演出を私は尊敬する!