中国の景色みたいだなあ、懐かしい、と思った。
本当に中国だった。
懐かしいなあ。
上海ロケ敢行、万歳。



「魍魎の匣」感想



京極作品は面白いのに、読後鬱になっている時がある。
これが意外とある。「巷説シリーズ」なんかその代表格である。
読中、酔い、萌え、楽しみ、が読後は暗ぁくなってしまうのである。
「百鬼夜行シリーズ」の中では、ダントツに「魍魎」がそうであった。
原因は偏には言い難いが、ヒトツは美馬坂×久保にはまってしまったこと。
ヒトツは楠本頼子の存在だ。
そう、これを初めて読んだのは高校の頃だった。
また、京極作品との出会いも、友人の一人がこの冒頭を教えてくれたことに始まるのだった。

予告編が終わり、劇場の明かりが完全に落ちる。
その時私は初めて、全く覚悟していなかった事態に遭遇した。
私は京極作品の中で二つだけありありと映画のシーンとして想像したものがある。
一つが「魍魎の匣」の冒頭のシーンだった。
それとは全く違うものがこれから始まるのだ。
果たして、始まった映画とは何だったのか。

完全に「魍魎の匣」だったのである。

この作品には長いこと取り憑かれていた。
高校の時のサークルごと美馬坂×久保にはまったしまったせいだし、
それで高校生にしては過激な小説を同人誌3、4冊分書いたせいだし、
直後、私一人美馬坂×中禅寺にスッ転んだせいでもあるし。
「昔の小説は恥ずかしい」の感覚、記憶と完全なるワンセット。

そして高校という時代と、頼子という存在だ。
今読むと関口という存在は苛っとくる存在だが、「魍魎」にはそれだけではない
女子高生時代のしょっぱい記憶を全部体現してしまっているような存在、頼子がいる。
頼子というポジションは、正しく当時の自分のようだ。
もう恥ずかしい。この娘、見てらんないってもんである。見てらんないのである。
自分の嫌な記憶芋蔓式自動再生機。

この二点が揃った正しくパンドラの匣である「魍魎の匣」は、
しかしスクリーンに映し出された「魍魎の匣」は、
どこからどこまでも「魍魎の匣」でありながら、全く違う姿をしていた。
否、同じ姿なのに、兎に角、兎に角、違う? 新しい? 何と言えばいい?

面白い映画。これは太鼓判押していい。
客席から何度笑い声が溢れただろう。皆、楽しくやりすぎだ。
何より京極堂と関口が新手のお笑いコンビだったとは知らなかった。
発見をありがとう、監督。

意外と萌える。や、そりゃまあ美馬坂も久保も中禅寺もいるんだしな。
これはノベルスで638ページあるあの作品が2時間の映画になった!
2時間の映画になりつつ、きっちりと「魍魎の匣」だ!という評価にも通じる。
美馬坂と久保の関係。久保と榎木津の関係。美馬坂と中禅寺の関係。
目から鱗だった。そうきたかっ!と言う感嘆を漏らさずにはおれない。
特に美馬坂と久保、久保と榎木津の関係は。
美馬坂と久保が師弟ですよ! 榎木津と久保が戦場の出会いですよ!
監督が脚本も書いてるんだよなあ、よくも囚われずこんなに書いてくれた。
上記三角関係的な萌だけじゃなくてさ、いや、もう映画全体について言及しなきゃ
いけないんだけど、どこから手をつけたものやら。

これを最初に言えばよかったのかもしれないけど、私はようやく救われたのだった。
この「魍魎の匣」に。
魍魎とは影の周りのぼんやりした部分。
ならば映画はそれに形を与え、高校の時に取り憑いた魍魎を落としたのだ。
魍魎は落とせないって京極堂は言ったけど。

全て、としか言い様がない。
「好き」の後に「どこが好き」と聞かれて「わからない」と答えるように。
全て、「魍魎の匣」という映画の全て。
だからもう誰がこれにどういう評をしたとか、製作者の意図がどうだったとか
あまり関係ないくらいだ。

事件の様相。鬱というより偏執的で可笑しい関口(髭無し)。榎木津が本気で格好良かった。
ぼそぼそと早口な柄本明の美馬坂。大好きです!
紳士的で妖しくて、とぼけているようで、死神のようにシャープな久保。時めくほどよかったよ!
そして頼子。

頼子、ありがとう。
頼子をあのように描いた監督と、あのように演じてくれた彼女にありがとうなんだろうけど、
でも、頼子、ありがとう。
私を救ってくれたのは、私から魍魎を落としてくれたのは、
映画における頼子の最期の姿だ。
そう、あのシーンに関しては榎木津にも、久保にもありがとうを言わないとね。

木場の「悪党、御用じゃ」を見てみたかった気もするけど、
と言うことは久保のあの壮絶な最期を見てみたかった気もするんだけど、
それじゃあ、きっとこんなに面白くて、手放しで絶賛しちゃうような映画とは
違うものになってたんだろうな。
前作「姑獲鳥の夏」ってそうだったのだけれど
(それで、あの病的な関口のいる世界も嫌いじゃないけど)
しかし、最後に柚木陽子をハッピーエンドに向かわせてくれたのは、
作り手の力量というか、甲斐性というか、これが出来る人って実は凄いと思う。
原作を読んでいても、ネタバレが存在するような映画が出来上がったのだ。

さて、夜も更けた。
おやすみ、頼子。
榎木津の手に撫でられて、どうか優しい眠りについてくれ。