「神様メール」感想 今期三大ゴリラ映画にプラス1の殴り込みをかけた名作。いや、今上映中じゃないのですが、ちょうどWOWOWでやっていたもので。「お嬢さん」と「人生フルーツ」を立て続けに見て波が完全にフラットになってしまい一日がぼんやり終わろうとしていたところでテレビから今日一番の映画が殴り込んできました。ウェルメイドとはこのことだー!! 神様(横暴な父)、女神様(横暴な夫に逆らえない内気な母)の間に生まれた娘エアは兄貴のJC(Jesus-Christ)にそそのかされて家庭内にも世界にも横暴を働く父への反抗を決意。神様のPCを使って全人類に余命メールを送り、エアは6人の新しい使徒を探し新・新約聖書を書くために下界へ降りてゆく、ドラム式洗濯機の穴を通って。とまああらすじで分かる通りシリアスを内包したコメディです。 描かれ方は一貫して無垢なやさしさという視点を通している。それは登場する神様の娘エアの視点で、とにかく彼女がキュートでかわいいったら。彼女の態度は流石下界の者にあらず、クールなのですが、それでいて清浄。神の娘だから奇跡も起こせるけど、泣くことはできないし色々未経験、自分にはできないことを知っていて、それを前提として受け入れていて、しかし進むことに恐怖を持たない彼女の姿は見ているだけで自分の心の中にも彼女の軽やかな足音が――氷の上で雪の結晶の跳ねるような音が――響くかのようで快い。 逆に神様ったらもう、父権主義の悪いところ大全集というか、北欧映画やドラマのDV気味な男性キャラクター、悪役の悪いところを全部持ってきて突っ込んだような神様でほんと酷い。でも、キャラクター設定にしろ描き方にしろ、監督する人間の個人的な匂いがせず、この映画と物語のために全ては意志をもって作り上げた感があって、本当に好もしい。素敵なシーンは数多くあるのですが、神様が娘を追っかけて下界に降りてきて教会でボランティア(聖職者かも)の男を追い詰めるシーンが本当に最低なのですが、この映画における神様、あるいは現実世界において神的立場に立って場を支配しようとする人物(特に男)の姿を見事に描いていて最低なんですが素晴らしい。ほんと嫌な奴ですよー。火村先生(有栖川有栖の火村英生シリーズ)の前に姿を現す神がいたら絶対にこんな感じ。この神はモニターの前で居眠りするどころかわざと悲劇を作り出すから、御対面した日には火村先生神殺しの男になっちゃうな。 余命それぞれ長かったり短かったり中途半端に短いせいで余計に動揺したり余命が長いからって屋上ダイブに挑戦したり色々な人間が登場しますが、まず真っ先に戦争は止まっていた。もしかして…プッチの目指した世界はこれ…?と思ったけど、プッチの実現しようとした世界では人の行動は変わらないまま人が覚悟をして運命を受け容れてる世界だった。これじゃない。やはり散滅すべし、プッチ。 しかしこの人間たちのキャラ造形もよくて、またそれを描く時にCG技術の発達はこういうことを画面の中で自然に実現させるものだったんだ…と感動ですね。小鳥が人を導く動き、心に咲く花、文学的にはありふれた表現を映画的に見せた時、それはとても新鮮に見えた。ちなみにゴリラはここで出てきます。カトリーヌ・ドヌーヴが恋に落ちます。いいゴリラ映画ですよ。「キングコング」「レゴバットマン」「SING」の次は是非これを。またCGでなくとも、夏の砂浜に映える青いビキニ、ひるがえる赤いワンピース、ワンシーンワンシーンが美しい。 この映画最高だという感想を決定づけたのはラストです。ウェルメイドではぴえんな映画なので父の横暴が映画の最後までは許されないのですね。横暴な父権主義から権威という幻が剥ぎ取られる。物語の中でも余命がはっきりしちゃったことで少しずつ価値観が変わってゆくのですが、ラストの変化が本当に素晴らしいんです。現代社会に至るまで権利を認められなかったもの、差別されてきたものが何を理由にして差別されてきたのか。「神が禁じた」が理由にされたものって根強いと思うんですが、それを乗り越える試みをコメディ映画でやるっていうのが…いやむしろコメディ映画だからこそ可能だったというのが。この映画のシリアス要素っていうのは神の存在や態度に表される現代社会の残忍な暗さ、私たちの生きる現代社会と完全に地続きの生き苦しさなんだけど、それがぐるっとひっくり返る感じ。これは昇華って言っていいのかなあ。デウス・エクス・マキナ的な方法じゃないのって言われるかもしれないですが、もともと神様が登場する映画なので相応しい方法論だと思いました。物語の持つ力、映画の技術、使える力は使って作り上げられた映画です。 ウェルメイドなコメディ映画って実は自分から見ることは少ないのですが――と思い込んでいるのですが――観てよかったー。とにかく好みの映画なんですね。「ベンジャミン・バトン」で雷に打たれた男が何度も出てきたようなう演出が好きなので、余命が56年もあるからって何度も命がけのダイブを試みる男が出てきたり、そういうワンポイントも好きだし、エンドロールはトップ10に入るくらい素敵だし……、このままべた褒めできるけど、でももし劇場で公開予定を見てもタイトルで弾いていただろうなあ。WOWOWもたまたまテレビつけた時にちょうど映画が始まっていたからすぐに入り込んでしまったけれども、タイトルだけ見たら観なかった。「神様メール」て。しかし検索してみたら原題は「新・新約聖書」で、その他没になったタイトルもなかなかグッと来なかったし、内容を的確に伝えつつキャッチーなのは確かに「神様メール」だった。でも惜しい。タイトル次第では更に良くなったろうに。難しい。 |