「パッセンジャー」感想 人を人たらしめているものは何か。 人と人以外のものを区別しているものは何だろうか。 120年も旅をする宇宙船の中で目覚めてしまった二人の男女の物語。雌雄一対で目覚めたからには恋愛も絡んでくるんだろう、「You die, I die」とか叫んでたから極限状態で深い絆を結んじゃったりするんだろうとは思っていたけれど、事実は「ちょっと待て、いや本当にちょっと待て」と言いたくなる出来事が起点にあって、いやー、これはネタバレする前に劇場に飛んで行った方がいいですな。今回の予告やチラシはネタバレしないように気を遣いつつ、気を遣っている素振りも見せない非常に気遣いのできた広報なので楽しみにした方がいい……いや楽しめるかは五分五分かな!? (ちなみにチラシやなんかでネタバレをしまくった「鑑定士と顔のない依頼人」は赦さない。絶対にだ) 予告でも分かるとおり男が先に目覚めるんですよ。話し相手と言えばアンドロイドのバーテンダーくらい。「エイリアン2」でもビショップの好きな私は「もういいじゃん! バーテンがいるからいいじゃん!」と思った。更にはレストランの給仕ロボット、見た目は更に人間から遠ざかっていたにも関わらずいい奴らばっかりじゃないですか。 しかし主人公の男はそうはいかなかったらしい。だんだん自堕落になる生活。こぼれ落ちるままに捨てゆく人間の尊厳。自殺も考えた。「うる星やつらビューティフルドリーマー」で「衣食住の保証されたサバイバル」って言ってるけど、心がサバイブできないんですね。どうしてだろう。自分だったらと立場を置き換えても…そうなるかなあ。そうなる可能性高そうだなあ。一生一緒にいてくれるならロボットでも悪魔でも…とは言うものの。 生きてる人間に会いたいと心から願う男が、目覚めた女に想いを寄せるのは当然として、女の側はどうなのかなあというと特に男性嫌悪もなくヘテロセクシャルの女性だったようで、こっちも一年かけて男性に惹かれていく訳。まあ予告でも「You die, I die」とか叫んでたしなあ…って二人のいちゃつきぶりを真顔で見つめていると、男が指輪を渡そうとした幸せ絶頂の夜に仲違いが勃発。 喧嘩や仲違いといった言葉では言い表せないくらい、お互いの人生全てで殴り合うような決定的な亀裂。 ここからが本番なんですよ、二人の関係は。 決定的な亀裂が生じた時、女が男に向かって言った言葉は「気持ち悪い」。世界の全てが歪む、息もできなくなるくらい相手の存在が気持ち悪い。これ…自分で書こうとすると結構難しい気がするんだけど、好きなんですよ、これをしっかり表現できたシーンって。エヴァでもアスカの最後の科白が「気持ち悪い」だったね。拒絶、理解できない、受け入れられない、そのことを容赦なく表す言葉。 だけど最後は選択しなきゃいけない。それでもこいつと生きるのか。それとも…。 ちょっと待てよ。この最後の選択って言うのが医療ポッドの中に入って再び冬眠状態に入るか否かって話なんですね。医療ポッド、勿論一人用です。どちらかしか入れない。男は女に医療ポッドに入るように勧めるので、女が選択する訳ですよ。この男と生きるか、男を長期的に見殺しにして自分は目的地に到着するまで冬眠状態に入るか。どうせ男のこと赦せないなら後者じゃない?と思うけど、そもそも信用していない相手が本当に医療ポッドを冬眠モードにするのか、抵抗できなくなった自分に加害しないのか、そこんとこ信じなきゃポッドに入れないよな…? しかし顔を突き合わせて生きていくのもどうかと言うと、そこに生じるのも、相手の男を信用するのかという問題で、これはなかなか女にとって逃げ場のない選択ではなかろうか。無論相手をぶっ殺す、あるいは生きながらにしてアレしてアレするような選択肢も(劇中では提示されないけど)可能性としてはある訳で、その場合、広大な宇宙航路のだだっ広い宇宙船の中で生きて動く人間は自分一人きりという体験を彼女はようやくすることになり、個人的にはそっちが面白いなあと思うのですが2時間映画でやることではないなとも思いました。小説で読みたいかな…。 とは言え、物語後半では予告でもちょっと流れたような宇宙船の危機を二人で救うみたいなことがあり、そこで死にかけた男主人公を意地でも助け出して蘇生させた時点で「ああ…助けちゃうのか…」って少しがっかりした、そこでやや流れはできていたのだ。っていうかクリプラ、宇宙でカチンコチンに凍ってからの蘇生は、私が観た2本の映画中2本という高すぎる打率。 っていうか、そうだよ、クリプラなんだよ! 主人公の男が! そこ重要! なんか憎めない感出しちゃってるじゃないか!! 宇多丸さんが議論のできる映画だって言ってたの本当にその通りで、私、この映画は割とカレー沢先生にぶった切っていただきたい感じ。脳内では既に『国家の猫ムラヤマ』のメンツで「主役の男がブサイクだったらこうなる」みたいな話が始まりつつある。 物語の起点にある「ちょっと待て、いや本当にちょっと待て」という問題の重さ、面白さだけでも、1回くらい観ておくのもいいのでは。でも個人的にはロボットとかアンドロイド好きな人の考察が聞きたいっていうか。個人的に推すのはバーテンです。このアンドロイドにどんな行為が許可/禁止されているのか。どんなプログラムがされているのかは、本来物凄く重要な問題だったと思うのです。何故なら人間そっくりのこのバーテンが相手では主人公の孤独は癒されなかったから。それはこのバーテンに足がないこととどれだけ関連するだろうか。何故なら主人公男女の関係が良好だった時、バーテンの脚部は冗談のネタにもなったからです。その時、二人はちょっと特殊な脚部をした船内クルーとしてバーテンという存在そのものを受け容れていたのでは? ちなみにバーテンに萌えなくても物語中1回は絶対に「バァァァテェェェェェン!!」と叫ぶはずです。 |