「ワンダーウーマン」感想



エンタメは取り敢えず倫理観をぶん投げて観るべし、なのですが、そこで己の倫理観や良心に引っ掛かってくるものこそヒントなのかもしれません。物語を批評する際の。あるいは自己を分析する際の。

さて、「バットマンvsスーパーマン」で格好良く登場した時から活躍が楽しみだったワンダーウーマンの映画です。後半ネタバレするつもりなので、最初は駄話から始めましょう。

楽しみにしていたのに観に行くのが遅くなってしまった。公開された時、ちょうど小説を書いていて休日ごとに行けるか? いや小説を書き進めたい、というジレンマに陥ったり台風が来たりして延び延びになってたけどやっと観られました。アマゾン族の女王がcv.榊原良子と聞いて吹替版が観たかったので、そこんところは文句ないです。あと小野D。

全体的にはヒーローもの。色々気にしなければストレスのないヒーローもの。「ハイドリヒを撃て!」を観た後となっては、「ワンダーウーマン」は清々しいです。敵! 倒す! というシンプルなルール。

いや……清々しくなれないんだ……。個人的な感想ですけどね、特に「ハイドリヒを撃て!」を観て、人間が同じ形をした人間を害するということがどういうことなのか胸に食い込んでしまうと、清々しくはなれないんですよ…。

殺してもいい敵って、設定できれば便利なんです。アクションものでは特にね。主人公サイドが気持ちよく勝つと言うことは、敵側に大規模な被害が出るということなんですよ。マーベル側の映画を見ますと、敵の形状は我々が普段目にする人間とか結構離れてるのね。いえ私、GotGとホムカミしか観てないんからGotGの例でいきますね。1において主人公サイドと敵対するクリーの兵士って腕2本、脚2本のヒューマノイドですが、全身真っ黒で、近づいてみると顔の形状が明らかにエイリアンなんですね。口がいかにもエイリアン。そういうのもあって、相手を倒すこと、彼らが大量に殺されることに対する罪悪感は薄い。2だとソヴリンは生身の兵士を送り込むのではなくて遠隔操作の戦闘機を送り込むので、これなんか倒してなんぼ、罪悪感はゼロです。

しかし「ワンダーウーマン」に登場する敵は第一次世界大戦におけるドイツ軍兵士なんですよ。本当に、生身の人間。戦争で実際に多くの兵士が死んだんだから、この映画において英国側の死がどうの、ドイツ側の死がどうのと言うのはナンセンスだとは思うけど、あまりにも壮大な目的から生身の人間の戦争に投入されたワンダーウーマンという最強の武器の存在よ…。標的は毒ガス兵器を使おうとするドイツ軍高官なんだけど、最後らへんでダイアナが逆上してドイツ軍兵士を千切っては投げ千切ってはぶっ飛ばすところは完全に八つ当たりだったよね…。

いや、どっちが悪いとは言えぬ。ダイアナが止めなければ映画の世界では毒ガスが撒かれて更なる被害が出たのである。本当に戦争って虚しい。消耗しかしない。得るものがない。

ただね、誰だっけ、戦争の神アレスだった、ポーク・パイ・ハット卿じゃなくて、トップレス・ハット卿じゃなくて、あれだ、パトリック卿だ。パトリック卿ね。彼がアレスなのはいいんですよ。それであの場に姿を現すのもいいんですよ。その後の展開が悪手だったなあって。どうしてパトリック卿「フハハハハ、分かるだろう、ダイアナ。人間など護る価値もない生き物だということがな…。いずれお前は自らの意志で私のもとに下るだろう…」とか意味深なことを言って立ち去ればよかったのに、そこで戦闘に突入するから斃されちゃうじゃん。パトリック卿がそんな風に言ったところで、ダイアナは愛に目覚めたヒーローなので人間への疑念が植え付けられたかどうかは五分五分だけど、少なくともクリパが爆散した後なので心に付け入る隙はあったと思うのよね。有効活用できなかったなあ、パトリック卿…。

パトリック卿=アレスという設定も、作中世界でのアレスも自分自身を、うまく活かせなかった感が。ドイツ軍高官をゴッドキラーで刺し殺した後で、「どうして戦争は止まらないのか?」という疑問を抱いたところは、彼女の成長のチャンスだったと思うんだけど、そこでアレスという分かりやすい正解を与えてしまい、尚且つ倒してしまったのが少し安直に思えて。本来意識の改革、新しい視点の目覚めとなるべき部分だったと思うんだけど、そしたら今までヒーローが散々やってきた自己問答の繰り返し・焼き増しになっちゃうのかなあ。

歴史的事実が噛む物語なだけに、完全に倫理観をとっぱらってヒャッハー!って楽しみ切れなかったのは、全く個人的な問題なので、映画そのものは王女の冒険譚であり成長譚で面白かったんじゃないかと思います。現代のダイアナが精神的にも若かった己を振り返る物語としても。そういう映画の印象は好きでした。

そうそう、クリパですが、毒ガス兵器を積んだ飛行機で雲の上に出て、美しい月を見ながら「愛してるよ、ダイアナ…」って言って自爆するのかと思ったけど、ダイアナがその爆発を目撃するために雲の下での自爆になったね。せっかくダイアナって名前だから月と関係した最後があるかとおもったけど、そんなことはなかった。

観終えてから何度もこの映画のことを思い出して、そのたびに「あれっ? ブルース・ウェイン登場しなかったっけ?」って気づく。ウェイン・エンタープライズの文字を見ただけでブルース・ウェインが登場した気になっている。