フェートン号事件(二)







 風向きが変わった。港は沖合からの風を受け、人々は眩しそうに晴れの海を見つめた。そこへ浮かぶ藤巴の紋を見て安堵の息をついた。異国船の影は消えても恐怖は幻影となって海を彷徨う。それを蹴散らす筑前よりの関船、小早船、合わせて百二十艘であった。それらが台場から両番所間に布陣し港に入るのを、佐賀は黙って見ているしかない。同じく藤巴の紋を背負った男が先頭に立ち指揮する様もである。同時に、肥後からも船三十艘を出す用意がある旨が伝えられた。彼は顔を上げない。
 首の後ろでごつごつと音がする。冷えた血の転がる音であろうか、骨の砕ける音であろうか。目蓋を閉じる。音に耳をすますと、背にした我が領土の姿が見える。佐賀の地にて有明海を臨む輿賀神社に集まった兵は長崎へ向けて出発した。今朝であった。斉直がようやく出陣の準備を固め号令を下したのだ。しかし遅かった。今日はもう十八日であった。斉直は自らが歩を進める前に異国船出帆の注進を聞いた。結局、兵たちは道半ばで引き返したのだった。佐嘉の城より兵は一兵たりとも届かなかった。日も暮れて、輿賀の境内に響く具足の音。篝が焚かれる。右往左往する足が見える。ごつ、ごつ、と音は響く。彼らに佐賀の声は届かない。
 ひやりと冷たい北風が耳に滑り込む。佐賀は面を上げ、固く閉じていた目蓋をこじ開ける。人間どもの囁く声が聞こえる。奉行の死を悼む声である。
 長崎奉行の死は一両日と待たず市中に広まった。鎮守の前に敷かれた毛氈、その死に姿までが詳細に口から口へと伝わり、中には奉行の遺書の内容までも噂する者もあった。恐怖と憤激が鳴りをひそめた。異国船の侵入を許し、あまつさえ一撃の返しもできぬまま言いなりになった不甲斐ない奉行なのだ。つい昨日まで人々はその名を毛唐と並べ憎々しく呼んだ。それが火の消えるように鎮まり、人の口は奉行の死を天晴れなものと褒めそやした。流石、長崎の奉行であるとぞ。かわりに低く澱む佐賀、鍋島の名。
 佐賀の眼鏡が白く光る。海のきらめきを反射し、視線の行方を隠す。しかし据わった眸は確かに番所を、番所を抜けた太田尾、女神の台場を、船の投錨した神崎の台場を見つめている。長崎警備の台命は本年佐賀藩の当番年。そこにはためくのは鍋島杏葉を染め付けた陣幕である。
「異国に対し日本の恥をかかぬ所が肝要…」
 乾きささくれだった唇がぶつぶつと繰り返す。
「御制禁船着眼し一戦に及ぶ時は、我等一番に討ち死にする覚悟なり。これを日本の恥をかかぬ根本なり。我等討ち死にの跡には…」
 八月が過ぎた。
 江戸に在府する長崎奉行の到着まで半月を要した。福岡は港から去らなかった。佐賀は魂の抜けたように座り込んでいた。藩主も番頭も動かなかった。異国船を港に入れた両番所の頭である。動かない。処罰すべし。庇うべし。議論ばかりが沸き、白く塗りつぶされた佐賀の頭の中で歪んだ声を響かせる。時、既に九月であった。防備の拡充なく、処罰なく、日本を統べる幕府への謝罪もなく、藩主斉直長崎の地を踏むことなく、ただ九月になった。江戸より在府奉行の到着と同時に取り調べが始まった。
 二名に長崎奉行は任命される。位階こそ高くはないが役目の重さから人格公正にして潔癖なる人物を選ぶ。一人は長崎へ、一人は江戸に在府し職務にあたる。曲淵景露、まるでそのものを絵に描いたような男が既に異国船の去った港を見下ろした。
「西御役所に支度があります」
 福岡が声をかけた。
「休まれますか」
「いや」
 男は首を振り、迷わず足を立山の奉行所へ向けた。着したその日より始まる取り調べで合った。
 女がそこに居り、答えていることを誰も疑問としなかった。また青ざめた肌の上に怒りの朱を刷いた藤巴の男と、ようやく髭をあたったばかりの窶れた杏葉紋が並んでいることも人々の口の端には上らなかった。それより女の語って聞かせた言葉がその場にいた全員の胸を射貫き改めて恐怖を呼び起こしたのだった。
「英夷が…」
 怒りは道中で喰い尽くしたとばかりに冷徹に取り調べをすすめていた在府奉行の曲淵景露さえ絶句した。狼狽を隠し切れなかった。
「本当か…」
 呟いて、福岡が身を乗り出した。
 女は静かで眉一つ動かさなかった。
「ええ」
 台本を読み上げるように赤い唇が言葉を紡いだ。
「十五日の夜、ご覧になったでしょう。英国の端船が両番所の間を抜けて港に入りましたのを。あの三艘のうち一つに、確かにペリューは乗っていました」
 佐賀は呆然と口を開けた。月に篝火に、皎々と真昼の如く照らされた港を悠々周回する三艘の端船。忘れ得ぬ光景である。手も足も出なかった。否、出さずほしいままにさせた。皆がただ見ていた。彼らの眼前に敵将が。その首が。フェートン号艦長フリートウッド・ペリューはいたのだと。
 矢のように刺さる人々の視線にも臆せず、女は一言穏やかに答えた。
「間違いありませんわ」
 続く言葉も淡々と発した。
「私もその端船に乗せられたんですもの」
 袖が口元を拭う。紅が剥がれる。だが尚、赤い。唇に赤は滲んでいる。
 あの時、と佐賀は月に照らされた光景を思い出す。何度も思い出し夢にまで蘇る光景である。それが鮮やかに眼前に展開し、思わず喉の奥の悲鳴を殺した。
 番所にろくな兵が残っていなかったとて、合わせれば百、いたのである。大筒もあったのである。石火矢もあったのである。また己の腰には来國光を差していた。何故、飛び移らなかった。己一人では異国人一人も斬り捨てることはできぬと、何故そのように考えたのか。鹿児島に殴られ、港から船を見送り、ただ動かなかった。
「その男は…ぺりゅーは…」
 呼び慣れぬ異国の名に在府奉行の口が籠もる。女はつとそちらを見る。
「それより後はずっと艦に。艦長室から動きませんでしたわ。しかし機会はあったということです。捕らえる機会も、焼き討ちする機会も…」
 視線はひやりと座を撫でた。
 捕らえられた二人のオランダ人商館員の証言も同じものであった。番所の前を突破し港へ侵入する計画を立てたのはペリュー艦長であると。しかし彼が端船に乗り込む間、自分らは艦長室に押し込められていたという。また初めこそオランダ船の居所を吐けと刃でもって脅されたが、翌日牛や豚の提供を受けて後は待遇もよかった。後々は艦長室に閉じ込められることはなかった。
 女がまた袖で口元を拭った。
「おい」
 長崎をひたと見据えたまま、低く、福岡が吐く。
「わいは何で腹ば切らん」
 冷えて石のような腹である。何故切らん。佐賀も己の内で繰り返す。
 何故俺も、誰も腹を切らん。
 月は再び満ち、眠るように欠けてゆく。
 九月十九日。月は寝待であった。なかなか昇ろうとしない。港は静かに暗い。
 その日、佐賀より藩主斉直が長崎奉行所へ出仕した。イギリス船の侵入から一ト月であった。随行した神代鍋島家の茂堯が在府奉行とまみえた。佐賀は襖越しに耳を傾けていた。在府奉行は前置きもなく先の事件をどう考えるかと茂堯に問う。緊張が冷たい波のように押す。返す茂堯の言葉は聞こえなかった。斉直よりも五つ若い、まだ二十四であった。それでも謂れある神代の領主である。矜持もあろう。その若者がついには一言も発することができなかった。無言のまま対面は終わり、襖の向こうから出てきたのはすっかり度を失った狼狽顔だった。茂堯は佐賀と福岡の姿に気づくことなく廊下へ消えた。
 この極秘であるはずの応接の様子さえ市中に広まったのが誰のせいと質すことも得ない。呆れかえったのは在府奉行や福岡ばかりではないのだ。佐賀はまた長崎奉行所の前に座り込んでいる。人の口に戸は立てられぬの言葉どおり、門前にあってさえ罵る声は聞こえる。巷間における佐賀の面目は地に落ちて泥にまみれても足りぬものであった。
 すぐ、両番所の番頭が切腹した。
 斉直は佐賀に戻るなり、番頭二人に腹を切れと命じた。千人番所とまで呼ばれる番所を取りまとめていたのは、千葉三郎右衛門胤明。かつては佐賀の地を治めていた千葉氏の後裔である。懐かしく思い出される顔でもあった。もう何百年も前、元寇の折、彼らの一族もよく戦ったものであった。その顔である。また、蒲原次右衛門。彼の顔は藩主斉直にも似る。そのはず、蒲原は藩祖直茂の実兄に連なる家系であった。
 待っていた、と言ってくれたそうである。失態より一月余、罵られ生き恥を晒し、耐え、待ちわびた死であったという。そうか、と佐賀は頬を緩めた。そうか、そう言ってくれるか。ならば何故、もっと早くに切ってくれなかった。
「葉隠も落ちたな」
 町が囁いた。千葉胤明、それに蒲原孝古。佐賀はその名を胸に繰り返す。誉れある名であったはずの者どもが。佐賀の地に生きる者の意地はその血には流れなかったのか。蒲原孝古。その顔を佐賀は思い出す。父の名は蒲原次右衛門孝白。葉隠の志を継ぎ、聞書全十一巻を書写した男だ。
 報告に、女は応えを返さなかった。遅すぎる処罰は何ら汚れを漱ぐ助けにならず、佐賀は項垂れて奉行所を後にした。
 時は過ぎる。枯葉のように落ちる。濡れ落ち葉のように重く嵩む。十一月。北ではちらちらと雪が舞い始める。九州も山は特に冷える。港はいまだ穏やかである。
 幕府より斉直本人に逼塞の処分が下された。江戸役宅にて支藩蓮池の当代藩主直温が呼び出され、老中御用番より斉直逼塞の書面を伝達された。この事実は江戸からの早打ちによって知らされた。百日、であった。
 戻らねばならない。
 海を見つめ、佐賀は考える。初冬の水面は梯子のように差す陽を受け銀色に輝く。その光景から目を離すことのできないまま、佐賀は考える。佐嘉城へ戻らなければ。
 佐賀が戻らねば、地が生気を失う。城内への押し込めだけではない。城下は町人に至るまで門戸を閉ざす。髭月代を剃ることを禁じると御触も出た。謡は止むだろう。鳴り物は埃をかぶるだろう。神社仏閣とて例外にはならぬ。地を総べ、地を背負い、地を治める男へ与えられた罰である。地にある全てがそれに従わねばならない。祭礼の言祝ぎはなく、市は閉じ、明けては正月というのに市中、のみならず江戸屋敷でも髭面の藩士が軽侮の視線をまぬかれない。
 滅びるか。
 北から風が吹く。滅びの風のようである。荒れた田に、蔀の下りた通りに吹きつけ、人の姿はない、塵埃だけが舞う。
 だが死なぬ。
 己がいる。この足で立っておる。死なぬ。やらねばならぬことがある。海に背を向け、足を引きずり藩の蔵屋敷へ戻る。髭月代は剃らぬこと、か。だが俺は人ではないぞ。佐賀は髭をあたった。爪を切り、帯を締め、二本を差した。
 目の前に坂があった。枷のかかったような重たい足を一歩一歩持ち上げ歩いた。門がある。槍は彼の足を止めない。素通りし、我が家を扱うが如く草履を脱ぎ、足を女の待つ部屋へ運んだ。女はいた。蒲団に座り、侵入者に背を向けていた。




しゃさんの県擬の二次。