名月の贄になるかと泣く子かな







 虫が息をひそめる。畳に耳を押し当て、じっと息を殺す。すると屋中のものども、縁の下に這うものども、皆、待ち受け、恐れ、息をひそめるのが聞こえる。八月の夜というのに静寂は月照らす下、のっぺりと塗り込められている。熊本は鼻から息を吸った。吸気を悟られぬよう殺し殺し吸い、それ以上にゆっくりと吐いた。息を吐ききるごとに頭蓋の内は白くなる。月が占める。頭蓋の肉をぴったり満たすのは月である。眩しい。苦しみながら息を吸う。
 肩に触れる手の躊躇いのなさはよく知るところであった。意志が肩に触れていた。紛れもない能動であった。手は確かに自分の肩を掴み、仰向けさせた。
「おい」
 と言う。固く目を瞑る。そこに口づけが押しつけられて、睫毛をそよがす鼻息さえ甘美だ。襟をくつろげる手に抗うは能わず。諦め、口を開けると大きな溜息が嘆きの音を伴って漏れた。手の主は気に入らなかったようであった。口の端を蹂躙した手が、自身の手を汚した唾液を乱暴に頬になすりつけた。息がくさくはないだろうかと熊本は思った。心配にもなったが、相手の舌がそこをべろりと舐め上げるのでいっそ心苦しく、目蓋を開いた。福岡の面に影が差している。
 宮崎が、扇風機の首を振る下にタオルケットに包まれて眠っている。熊本がそれを見た。福岡の目が追った。熊本が再び目蓋を閉じようとすると、歯が頬を噛んだ。
「声ば出すなよ」
 陰惨な声が命じた。
 しつこい、と思う。襟をはだけた内に這入り込んだ手は見えぬところでうぞうぞと五指に余る動きを見せた。愛撫であろう。しかし指先から得られるのは濃やかな情ではなく、爛れるような欲の熱である。常であっても、交わりであるならば欲はある。熱もある。剥かれる。交わる。熊本の身体は熱の芯へ向けてまっしぐらに落とされる。それが。
 堪える熱い息が鼻から盛大に漏れて恥ずかしさに燃えるが、宮崎は目を覚まさない。福岡は…怒らずただねっとりと、熱心なしつこさで熊本を愛撫する。恐ろしい。挿入はあるのだろうか。なければ恐ろしい。無間地獄とはこれだ。だが、本当に自分が感じているのか。これは快楽なのか。張り詰めているのに、吐精の瞬間それが股から消失してしまうような恐怖がある。今際の恐怖である。
 声を出すなと言われた。だから己から身体を擦り寄せ、求めた。手の命ずるままに脚を開き、恐怖と快楽の根元を得た。見えない。何も見えぬ。頭を満たすのは眩しい月である。満ち汐に溺れ沈めるように快楽の最奥を貪る。声なく、言の葉を必要とせず、明るい月の海をどこまでも底なく沈む。
 汗にまみれた身体を冷たい手ぬぐいが拭った。福岡は手酌で呑み、熊本も舐めた。八月十五日の夜はマスをかくのだと、そういう話をした。福岡は相槌一つ打たず、つまらなく不機嫌そうに聞いていた。なんとなく静かになった。熊本はもそもそと畳を這って、脇から福岡の太腿に顎をのせた。魔羅が目の下にある。熊本は太く鼻息を吐きかける。




しゃさんの県擬の二次。