ぼくが抱けば籠の鳥







 どこへ行くのと問う。どこだっていいじゃないか。
「子供じゃあないんだから」
 まるで子供のなりをした少年の額をつついて、そら向こうに行けと背を向ける。だが少年の立ち去る気配はなくして、尚且つ風まで通った。
「こら」
 振り向けば開け放たれた障子の向こう、松の枝、眼前に霞むは桜島の灰の肌である。
「やめんか。風が」
「風が、なに」
「灰が吹き込む」
「そうしたら、なに」
 宮崎は振り返り、腰巻きに透けた股のむっちりした形と、まだ襦袢を引っかけただけの膚を視線で撫で上げた。
「困るの」
 困るだろう。
 煌びやかな錦が目の前にある。今の男が誂えたものである。これを着て京都へ行く。自分はその日をことのほか楽しみにしていた。
「綺麗な着物だね。舞い上がった?」
 そのような揶揄は宮崎が相手だろうとかっとなる。殺気を込めて振り返ったのが、躱され、つんのめる、裸の胸に風が当たる。風が細かな灰を抱いて胸をちくちく刺す。
「宮っ」
「赤」
 白い手が腰巻きに触れ、抓み上げる。躱そうとして足が縺れる。
「ちりめん…」
 捲り上げられ足が剥き出しにされた。思わず蹴りを繰り出したが白足袋は空を掻いただけ。無様に尻餅をつくことだけは免れたものの、踏ん張ると更に腰巻きの裾が乱れた。結び目が緩む。ああ、と手で押さえたところ胸にちょいと掌が触れば膝はかくんと折れた。
「…なんや」
 鹿児島は乱れた髪を後ろに払う。
「何の気に入らんとや、宮」
 宮崎は遠慮無く裾の乱れた太腿の上に乗っかり、両手で鹿児島を抱き寄せた。
「ううん。とても綺麗」
 傾けた頬を肩にのせ、首筋へ吸いつく。背筋に一条の、弾ける稲妻。余韻がちりちりと背を灼くのに腹の底で震えながら鹿児島は宮崎の頬に触れる。しかし宮崎はその細い手で鹿児島の手首を酷く捻り上げた。痛い。声は堪える。それでも手を退けないと、折るのだということがはっきり分かった。負けを認めるのは癪である。不承不承に退けると、柔らかな溜息が裸の胸に触れた。
「ここにおればいいのに」
「おる…たい…」
 頬にはそばかすの浮いているが、宮崎の膚は全体白く清らかだ。河原の玉石がようにすべすべとして冷たい。それがじんわりと、重みを押しつけながらゆっくりと胸に触れ、乳房を撫でた。鹿児島は手が臍の上まで時間をかけて滑り落ちるのを見下ろした。そこにずんとした重みが居座って身体が倒れた。
 目の端に錦がある。赤い血の色が、この上なく美しく織られた自分のための振り袖である。海から吹く風が激しく鳴り、足跡を見た。白いものが頭上を掠めると衣紋掛けはきしみを上げ、錦はばさりと視界の端を舞った。宮崎は頭から被ったそれの下、目を細めるが目元口元に笑みはない。
 全身をくまなく、とにかく身体の表面の全て、膚の全てを冷たい掌は撫で尽くした。それが時々ずぶりと膚の内に沈んで己の中に触れるたび、口にしがたい熱が臓腑に溜まる。だが出口はなく、眸からようやく雫となって落ちるのだがまるで足りないのだ。宮崎は音を立てて涙を啜った。
「宮…宮……」
 哀願が口をつく。
「今日は行かん…ここにおる……、おるけんが……」
 宮崎が乳房の先を口に含むと乳まで溢れ出すのが分かった。熱い。臓腑から胸の先まで。そして乳房を撫で自分を抱き寄せる手はやさしい。どこまでも邪気なく、冷たく、やさしい。
「かごんま」
 呼ばれ、口を開けた。温かく甘いものが舌を満たし、流れ込んだ。口の端から溢れさせると、宮崎は喉を鳴らしてそれを飲んだ。
 風がゆらぐ。髪を払った宮崎が、ああ、と頷いた。
「いけないね、この風は」
 音を立てて障子が閉じる。一斉に、縁の全ての障子が外界と室を隔てる。
「ちくちくするんでしょう。ごめんね」
 宮崎は鹿児島の膚を化粧する灰を舌で舐め取り、笑いながら呑んだ。




しゃさんの県擬の二次。