花枯れの宵






 彼女を抱いた手だ。彼女の肌を知る手だ。少なくともその記憶を有して自分を抱くのだ。
 蒲団に顔を伏せ声を殺す。固く目を瞑るがしかし這う掌が侵すことには抗いようもなく、じっとそれに耐えた。膚という表層に触れながら、しかし視界を閉じれば肉の内、骨の芯まで侵されているのが分かった。これが快楽だった。多分、己には足りていないもの。そを不幸と呼ぶべからず。つまり福岡は業師であり、己が追い求めるのはそに限らずというばかりのこと。しかし肉に訴えかける快楽は佐賀を根底から揺さぶり、蒲団の上にいながら柔らかな海泥に底もなく沈んでゆくような果てなさに陥っている。逃れようのない、息の止まる苦しみと意識を失う心地良さの狭間。あの女にもこれが与えられたのだ、歓びをもって。与えるこの男も、与えられる女もそこに歓びを見出しまた生み出したのだ。
 苦しい。与え続けられ、ただ苦しい。指が口をこじ開け息をさせようとしてもそれさえ浅ましく感じ、悪魔の指めと噛み千切りたくなる。
「莫迦が」
 低く罵る声は怒気を孕んでいた。きっと膚は破っただろう。口の中には血の味がする。長崎に触れた掌を流れる血の味だ。啜り、飲み干した。それは快楽だった。急に身体の奥から背骨を引き摺り出されるような浮上があって、がむしゃらに腕でしがみつく。結果寄って乱れた蒲団はあやうく呼吸を止めるところだった。
 自分の匂いだ、と気づいた。己の肉体の匂いが懐かしく蒲団から漂う。ここは俺の家なのだ。いつもの俺の寝間なのだ。ぼんやりとした視界に暗い床の間が見えた。壺に、花の枝。暑さに萎れている。背後からも激しい息が聞こえて、そうだ男がいるのだと気づいた。腰はまだ福岡に強く掴まれたままだった。痛い。骨までしみる痛みが鈍く重く、きっと残るであろうことは己には相応しく思えたので佐賀は勝手に安心した。
「おい…怠けるな」
 自分ばかり勝手にいって、と背後の男はぶつくさ垂れる。佐賀は痛みに安堵していたので文句を言われるまま揺さぶられるままに勝手にさせた。気の済むまでだ。はなからそういうことだった。こちらが涙まみれになるまで、だ。




2015.10.13 しゃさんの県擬の二次。