かみ、つみ






 こちらにいらっしゃい、と女は有無を言わさぬ口調で言った。佐賀は畳に手を突いてのろのろと身体を起こす。この身が長崎の預かりとなり、一ト月が経とうとしている。屋敷に軟禁されている態だが、実際に動くだけの気力もない。己の総てを懸けて挑んだ、挑むより他に道のなかったあの戦いの終わり、雨の中くずおれ女に抱き締められたあの時から、魂も抜けてしまった心地であった。実際、戦場となったかの地からも生気は抜け、実りの季節であるはずの秋さえただ枯れゆくばかりで寂しく、力無い。
 女は縁側に椅子を用意し、袖を捲っている。手には鋏がある。
「おいで」
 長崎は言った。男は黙って椅子に腰掛けた。足下には白い紙が敷き詰められていた。そのまま首を垂れていると、女の白い手が持ち上げ、しゃんと正面を向かせた。
 しゃきん、しゃきん、と音がする。音がするたび、黒い髪が降る。膝に当たって、砕け、足下に落ちる。
 あの日から伸ばし放題の髪と髭である。まともに結いさえしていない。脂じみたそれを清らかに洗われた手が一房掴んでは、断ち、一房掴んでは、剪む。何故、こんなことをするのか。理由に考えを巡らせようとしたが、頭の中は灰色に濁っている。あんたはうちのもの。長崎がそう言った。ならばこの女のすることに異を唱えることなどできようもない。女が今風の髪にしろと言えばする、髭をあたれと言えばあたる。その刃で喉を掻き切れと言われれば、そうせざるを得まい。
 顎が持ち上げられた。石鹸がなすりつけられた。女は剃刀を手にしていた。佐賀は己から首を差し出す。すると女は、そうよ、と呟いた。馬手に剃刀を掴んだまま、佐賀に口づけをした。




2015.8.20 しゃさんの県擬の二次。