ちょっとパクりますよ、漱石先生






「しかしあれは憐れな歌だな」
 大分が思い出す調子で目を細めた。
「憐れかしら」
 長崎はぐいと身体をのけぞらせて縁から内側を覗き込む。柱にもたれかかる大分の伏せた視線と見上げるそれが紗の重なるように交差する。
「私ならあんな歌は詠まないわね。第一、淵川へ身を投げるなんてつまらないじゃないの」
「成る程つまらないか。じゃあ君ならどうするの」
「どうするって、訳ないわ。福岡も佐賀も男妾にするばかりだわ」
「両方ともですか」
「ええ」
「えらいな」
「えらくなどないわよ、当たり前のこと」
 男妾衆のいびきは座敷の奥から響いてくる。春の更夜を楽しむるは起きている男女ばかりである。あとはいびきが、春雨も知らぬ、散る花も知らぬ、まして遠く破れた雲の向こうに照る月など考えもせぬ。ただただ宵に酔いて心地よく眠るばかりである。
 風が強く吹く。雨は山を叩きながら吹き下ろす。その寂しい風が抜けて仕舞うと、暗闇に再びぼうと浮かび上がる白い陰がある。女は風の去る海の方角へ首を傾けた。
「あれが本当の歌よ」
 港町の女はそう教えた。




2015.4.1 しゃさんの県擬の二次。