西は浄土か、我が家




 長崎が助手席の窓を少し開ける。湿った風が流れ込む。車の中は空調が効いているのに、だ。しかし佐賀は文句を言わない。雨の残り香はむっとした熱をまとっている。
 自動車は車線を左に入った。中央を行く車は北を目指してスピードを上げる。
「私、鳥栖ジャンクションって嫌い」
 長崎がぽつりと呟いた。
「嫌いでも、仕方がないだろう」
「絶対にあなたの家を通らないと私は私の家に帰れないのよ」
「絶対じゃない」
「船、ね。フェリー乗り場まで誰が乗せていってくれるの?」
 自分だろう。
 うっかり高速道路の出口に進みそうになるのを再び車線変更し、一路西へ向かう。
「まるで浄土みたいな色」
 空を見上げた長崎が言う。
「太陽が銀色をしてるわ」
 過ぎゆく景色に空から落ちる光の梯子が何本も見えた。前見て、と長崎が短く命令する。
「浄土、なのか」
「天国? どちらでもいいわ」
 助手席の窓が閉じられ、車内に流れ込む風の音も消える。急な静寂に喉が詰まるようだった。佐賀がラジオのスイッチに手を伸ばすと、ぺちんと小さく叩かれた。
「駄目よ」
 溜息をつく。
「帰ったらどうするの?」
「田圃を見に」
「勤勉ね」
「田植えが終わったばかりだ」
「今もその仕事してるのね」
 知っているくせに、と思ったが口には出さなかった。長崎のなよやかな指はぱちりと扇子を開く。冷房の風にのせて香の匂いが広がる。ぱちり、ぱちり、と長崎は物憂げに扇子を広げては閉じを繰り返した。金立を過ぎる。彼女の家まではまだまだである。




2014.7.13 しゃさんの県擬の二次なの(part.2)。