錦と鉄火






 まくり上げた袖から惜しげもなく覗く二の腕の、少年のように細く、しかし内側の餅のように柔らかいの。
 と、大阪は二階の座敷から祭の様子を見下ろす。知っているのは私だけなのだろうか。誰もあの二の腕の内側に触れたことはないのだろうか。神輿を担ぐ男も、神酒を抱えた男も、あるいは行列を追いかけて声援を送る女達でさえも。裾を絡げた下には流石に穿くものがあるが、それとて汗でぴったりと膚に吸い付きその形を露わにする。それでいて、汗にも膚にも男を誘惑するようなところが全くなかった。
 祭である。目元に朱を刷いた。きりりと睨め上げられればつんと胸に釣り針でも食いついた心地になるが、そわそわ尻を弄られるような色香ではない。だが、欲しい、と思った。あの子が欲しい。今すぐ欲しい。頑是無い幼子の時分など、あっただろうか、だが歌ったような記憶がある。遠い昔、夕暮れの坂道で歌いはしなかったか。花いちもんめ。勝って嬉しい。負けて悔しい。己から欲したなど知られたくない。だが細い目がじっと見つめてしまったのだ。あの娘は気づいた。気づいて顔を上げ、二階の窓から見下ろす時分に釣り針をかけた。小生意気な娘やこと。一本釣りなどさせてなるものか。
 手酌に冷やを注いで、つ、つ、と流し込めば酒精に鈍った身体が心を引き留める。まあまあ、ここで見ているといい。そのうちあの小娘が刺さる視線に耐えきれなくなって二階へ駆け上がってくるだろう。そうなれば見物ではないか。見てやろうではないか。慌てふためけ、髪を乱せ。汗にまみれてこっちまで来い。あんたと呼んでもあんたじゃ分からん。てめえと呼んでもてめえじゃ分からん。襖を開けて畳に転がり込んで、私の名前を呼んでみな。
「我慢、我慢」
 つい、と杯の底に残ったのを飲み干す。目蓋を伏せれば祭り囃子にふわりと浮く心。ああ、心地よい。だが己の町の祭が恋しい。早く来い。早く来い。
「大阪!」
 大声で叫ばれ、転た寝からはっと目覚める。空の杯が手から転がり落ちる。
「早く来ねえか!」
 窓の下から手を振る小娘をぎんと睨みつけ、だが仕方ない、足元ふらつくほど呑んではいない。それに今日は鬼灯を買ってやると、向こうが約束したのだから。
 大阪は窓から手を伸ばす。何事、と東京が口を開ける。
「いんじゃんほい」
 掛け声につられ向こうも出した手。頑固のグーで勝ちおって。しゃあない、しゃあない、と口の中で呟き大阪は窓辺から立ち上がった。




2015.4.6 しゃさんの県擬の二次。絵柄まねっこより、東京(大阪視点)。