未来の死者に午後の夢




 例えば自分より先にホルマジオが死んだ場合少しでも一緒にいられるのだろうか、と思うと中庭の陽が翳って雲の色が部屋の中まで満たし、そのうすらぼんやりとした空虚の中でイルーゾォはホルマジオの死体を思い描いた。
 仕事の最中に死ぬのだろうか。否、それは許されない。死んでも仕事は完遂、それが彼らの意地と誇りだ。じゃあ今まで捨てた女に刺されるとか、恨みを買った男に撃たれるとか。しかしイルーゾォの目の中に映るホルマジオは血も流さず、ただこの部屋の床に倒れていて、もしかして自分が殺したのだろうかという疑念が掠める。考えられない話ではなかった。殺すかもしれない。手放したくない余りに。別れるの怖さに。
 暗殺稼業に身をひたす前から、イルーゾォは幸福という存在が恐ろしい。絶対的安全をそのスタンド能力で叶えたにも関わらず、自分の中にひょっこりと幸福の種が芽吹こうとすると全力でそれを踏みつぶしにかかるのだった。幸せなどありえない。あるはずがない。それらは皆まやかしだ。絶対的安全の叶う世界で、不安をひねり潰し安堵する。その後の眠りくらいでちょうどいい。
 最近、と床に転がったホルマジオの死体を小突いて思う。セックスの最中に幸せすぎて恐い。本当にこの時間が終わらなければいいと毎度願う。最初はやけっぱちな痛みと暴力で始まったはずなのに、どうしてこんなことになったのだろう。
 好きだ、と言わされたからだ。イルーゾォは過去を振り返り顔を覆った。初めて言った科白だった。いつか誰かに言うかもしれないと夢を見たのは遠い日のことで、その日の自分さえ殺してしまった後の、しかも男に言う科白になろうとは思ってもみなかった。 指の隙間から見下ろした。ホルマジオの死体はまだ消えずそこにあった。自分はもう一度それを囁くだろうかと考えた。これが逆の立場であれば…床に倒れ息絶えているのがイルーゾォであり、それを見下ろすのがホルマジオだったならばきっとその呟きが床の上に落ちるのだろうと思った。でも自分はもう届かない、返事もしない男にそれを囁くだろうか。
 イルーゾォが望んだのは、死んでももう少し一緒にいたいということだった。死体を見下ろしたまま飯を食べたいと思った。裸足の足の裏で、腐る前の背中に触れたいと思った。そしてホルマジオの死体が見えなくなったら、――埋葬されるのだろうか、灰になるのだろうか、とにかく不意にホルマジオの姿は見えなくなる、その時は――泣きたいと思った。心の底から思う存分泣きたい。その時泣けたら、もう一生涙は必要ない。捨ててもいい。マフィアになった日に、血も涙も捨てると宣誓しはしたけれども。
 雲間から落ちる光が屋根の上に梯子をかけ、一瞬目を奪われた隙にホルマジオの死体は消えていた。
 セックスをしたいとは、離れていると強く思う。今すぐにでも抱かれたい。しかしいざホルマジオが目の前に来るとセックス抜きで何か別のことをしたいと逃げるように思った。今もしたいと考えていた。
 電話はしない。会いにも行かない。ただ相手が来るのを待つ。
「したい…」
 鏡に顔を押しつけて呟く。死ぬほどに、と思った。

          *

「生きてるとは思わなかった…」
 ドアを開けた瞬間にそう言われ、そりゃこっちの科白だと言い返しかけたが黙っていた。壁にかけられた鏡の下、もたれかかるように座り込んだイルーゾォはぐったりと項垂れていた。
「何があった」
「何も…」
 顔を背けるので目の前にしゃがみこみ顔を覗き込むと、わずかに逃げる。
「腹、減っただけ」
「それだけか?」
 顎を引くのを掴まえてキスをすれば、抵抗は弱々しいものですぐに縋りつく抱擁となった。首筋に顔を埋め、肌と肌に隔てられているのが耐えられないとでも言うように押しつける。あとはホルマジオの手が誘うのに任せて崩れ落ちるばかりだ。
「オレのこと、待ってたか」
 尋ねると、小さく頷いた。



2013.11.7