ライヴ・アンド・ライズ
髪にキスを落とされたので本気になった。 一度セックスをすれば際限がなくなるようでこわかった。事実限度のない欲望にただただ突き動かされモーテルのベッドで一晩中して、寝て、起きてまたする。起き抜けのキスの前に歯磨きをするかどうかで喧嘩はしたが、洗面台の前でキス、そのままユニットバスで今朝の一回目ときたものだ。一番調子に乗ってた十七の時だってここまでがっつきはしなかったぞ? 少し休むうちにうとうとして空腹で目が覚める。ルームサーヴィスを取るにもどちらかが服を着なければならないから、じゃあどっちがってじゃんけんをしてジャイロが勝ったけど、ぼくが「着たくないな…」ってシャツを抓み上げたら「いつもその戦法が通用すると思うなよ」と額にキスしてジャイロは自分から服を着、電話をかけた。 ベッドの上でだらだら食事をするっていうのはやったことがある。食欲と性欲が同じ場所でどんどん満たされるのは本当に欲望の獣みたいだ。で、今朝のぼくらは少しは文化的生活をしようってことでテーブルで食事を摂るけど、ぼくは素裸。ジャイロの足はしょっちゅうぼくにちょっかいをかけてくる。 昨日から何回してるっけ、って尻のことを心配もしたけど、やってるうちに吹っ飛んでしまう。タガが外れたような、という表現そのままでぼくは一度ならず死ぬと言ったし、殺してと懇願した。 「殺して、ジャイロ」 すると懇願された男はシーツに顔を押しつけて泣くぼくの身体を抱き上げ膝の上に乗せる。 「ジャイロ…」 ぼくは涙で前がよく見えないし、熱が身体の奥でぐらぐら煮えたってもう訳が分からないしで朦朧としている。とにかく信じられるのはジャイロのことだけで、彼の身体に掴まっていれば少しは安心するが、腰の下、身体の内部で直接触れている部分から何かもう色々なものが湧き上がってきて意識を攫おうとする。 譫言のようにぼくは囁き続ける。もう声が嗄れてしまって自分でも何を言っているのか。 「ジョニィ」 ジャイロの声はやさしくぼくの耳を震わせる。 「大丈夫だ、ジョニィ。ここにいる。オレはここにいる…」 背中を抱く柔らかな掌。それが何かを確かめるように背中を滑る。背骨を数えるように撫で、撃たれた痕に寄り道をする。ジョニィと呼んで、指が傷痕を撫でる。ぼくは泣きながらうめき、彼の首に抱きつく。 胸を合わせてしばらくじっとしていた。ジャイロの呼吸を聞きながら息を落ち着かせる。壊れたエンジンみたいにめちゃくちゃに打っていた心臓の鼓動が少しずつ重なる。 涙が止まってもしばらく視界はぼんやりしていた。ジャイロがぼくの腰を撫でている。小さな声で鼻歌を歌っている。歌詞は乗せていないけど、あの歌だ。時々眠る前にぼくの足を撫でながら歌ってくれた歌。モヴェーレ・クルース、と。 大きく息を吐き首筋に顔を埋めると髪にキスするかたちになって、ぼくも昨日の夕暮れされたようにジャイロの髪にキスをした。 じっと動かなかったはずなのにぼくの身体の中では快楽の波が反射するようにだんだん増幅して、最終的に泣く。そして彼を抱きしめたまま気を失うかのように眠る。気絶…はしていないんだけど、こんなに気持ちいいの初めてっていうか、セックス自体久しぶりなのに身体の中で生まれるものが大きすぎてついていけず、ぐったりしたまま眠ってしまう。 眠る直前、朦朧とする意識の中ジャイロの顔を両手で撫でた。 「ごめん」 ジャイロはまだイッてない。 「してよ」 力無い足を動かして擦り寄せる。 「ねえ、ジャイロ」 「ああ…」 ジャイロはぼくの頭を撫でて、また髪の上にキスを落とす。違うってば、そうじゃなくて、君の好きなようにしてくれよ。 でも頭を撫でられるのは気持ちいいし、彼がキスをしてくれるのは本当に安心できて、ぼくはそのまま眠ってしまったのだ。 目が覚めた時、ぼくはベッドに一人だった。外はまた夕方がやってきたらしく、薄っぺらのカーテンがオレンジ色に染まっていた。ぼくは隣の枕に顔を埋め、さっきまでジャイロがここで眠っていたのかな、と思いながらシーツを撫でる。 あれだけぐちゃぐちゃになるほどやったのに、身体は意外とさっぱりしていた。拭いてくれたのだろうか。浴室に視線を向ける。水音はしない。でもジャイロはそこにいる。ぼくは軽く瞼を伏せ、シーツの海の上で浴槽の湯を想像する。少しぬるめの湯。そこに半分沈んだ彼の身体。手を伸ばして彼のものに触るみたいにシーツの上を探る。結局ジャイロは一人でしたのだろうか。 ぼくは仰向けになり、ジャイロが浴室から出てくるのを待った。そう待ちはしなかった。日が暮れる前に浴室のドアが開き、薄暗い部屋に電気の光が射した。 「おはよう」 ジャイロはぼくが起きているのにすぐ気づいて、笑った。 「もう夕方だろ」 「じゃあこんばんは、か?」 ボナセーラと囁かれ、今度は耳元にキス。 「しなかったの?」 至近距離でちょっと睨むと、正面から尋ね返される。 「何が」 「してって言っただろ」 「おいおい」 寝てるやつ相手にするなんて変態だろーが、とジャイロはぼくの頬を抓る。 「ムラムラしなかった?」 「そりゃ、したけどな」 「じゃあしてくれればよかったのに」 「とんだリベラル派だぜ」 オレのことはご心配なく、と彼は余裕たっぷりに笑う。ぼくはまだ服を着ていない彼の身体に手を伸ばした。さっきシーツの海を探ったように手を滑らせる。掌で掴んでたっぷりあるそれは、ジャイロの言うとおりもうすっかり落ち着いているみたいだ。改めて触ると、これが尻の穴に入るなんて信じられないよな、と思うけど、している最中はこれが欲しくてたまらないから不思議だ。ジャイロのじゃなきゃ、そんなこと考えない。ジャイロだから気持ちいいし、泣くほど夢中になる。 「キスしていい?」 ジャイロはぼくの頭を撫でた。ぼくは彼の臍の下あたりにキスをして、彼の腰を抱いた。洗い立ての石鹸の泡の匂い。ぬるい湯の匂い。 日が落ちて、ぼくらはベッドサイドの小さな灯りの下でぬるいビールを飲みながらだらだらする。ジャイロは仰向けになった自分の身体の上にぼくを乗せた。ジャイロの上に俯せになるとまた心臓の音が重なる。 「重くない?」 「それがいいんだ」 ジャイロの手はぼくの腰を撫で、傷痕をやさしくシーツで覆った。 「おまえがいるってのがいいんだ」 「そりゃ…いるよ、君の目の前に」 「生きてるってのがよ」 指先はシーツに隠れていやらしく骨の上をなぞる。 「いいよな」 腰が震える。その瞬間火花みたいなものが弾けて彼の指先の細胞とぼくの腰の細胞を溶かしてしまったんじゃないかと思うような。神経が刺激にバチバチっと弾け、とろける。 ぼくは震えながら笑う。 「いいね……すごくいい」 キスをする。ジャイロは目を瞑り片手でぼくを抱きしめたまま、もう片手のおざなりな仕草で明かりを落とす。テーブルランプの紐を強く引っ張りすぎたせいで、手を離れたそれが弾かれ電球にぶつかる音がした。ぼくらはちょっとだけ笑ったけど、すぐまたキスに夢中になった。 結局、二人とも夕飯を食べていない空腹で寝ちゃったけど。
2013.3.18
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