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サイバーカウボーイ・スターダスト・ラン
夜の地中海は波が穏やかで、その波の下、月のない濃紺の夜空を緑色の尾を引いた流星が時々走った。あれがサイバーカウボーイの姿だ。電脳の沃野を我が庭として駆け回り世界中のあらゆるデータにアクセスする。カウボーイにはただ己の技量を確かめたいがために走る奴もいるけど、だいたいは物質世界に肉体を持っていてその肉体を生存させなきゃいけない。飯を食わせて生活するためにデータを盗んで売り捌く奴っていうのが相当数で、星屑を追って走る白金の流星群がセキュリティなのだと城字は教えてくれた。 「ほら、また」 城字が指差す。流星群は拡散し緑色の星屑に追いつき、襲い掛かる。星が砕けてノイズが花火のように散る。 「あれ、死んだの?」 「肉体までは僕らの関知するところじゃないんですけど、だいたいダミーがやられるくらいじゃないんですかね」 「ダミー?」 「実際僕も今はダミーを経由してアクセスしています。黄金の稲妻の正体がジャイロ・ツェペリさんやろうとか、分かってはいたけど、ジョニィさんと出会って何が起こるか分からんかったさけ」 「君の日本語は時々変だな」 「慣れてくると訛りが出るんですよ」 喋っている間にもまた緑色の流星。大きなそれが流れると空に切れ目が出来、世界を構造する格子が露わになる。あれは大丈夫なのかと尋ねようとすると、空の裂け目を覆い塗り潰す大きな翼が現れた。漆黒の羽根が一撫ですると格子は再び濃紺の空に隠れる。異形の鳥は大きく口を開けて流星を飲み込む。 「あれがカーズか…」 「カーズ?」 ジャイロは尋ね返す。 「知らないのか?」 「誰だ?」 「究極生命体」 「へー」 「あっ、何やろうこの感じ、スルーしてほしいのにいざスルーされるともっと反応しろよ!ってなるこの感じ」 「あれが君の相棒?」 異形の鳥は夜空でホバリングする。輝く双眸がぼくらを見下ろす。高い空の上にいるのに、まるで巨大な目が見下ろしているかのような存在感だ。 「非常食かもしれませんけど」 冗談じゃないかもしれない冗談で返す城字は、でも空から目を離さない。目がきらきら輝いている。 「彼、あのままいていいのか? これからぼくらが会いに行く中には、あの彼を宇宙に吹き飛ばした男もいるんだろ?」 ぼくらは何も星のない夜空で天体観測をしているわけではない。ジョースター家からの迎えを待っていた。ぼくが目覚めたからには、そしてジャイロ・ツェペリが現れたからにはあまりふらふらされても困る、ベースが必要だという訳だ。ぼくは最初、渋った。家、特に父親との和解は肉体がある時に済ませたし、そのジョースター家に集まっているのはぼくらが生きた宇宙の前の代の宇宙だって言うから、同じジョジョとは言ってもちょっと距離を感じる。ジャイロのネアポリスの区画でツェペリ一族の墓、家族の記録とは対面したっていうし、また何に縛られることもない旅に出てもいいんじゃないかって。 それがカウボーイたる所以だけど…、と城字はぼくらを空の見える場所に導いた。そしてさっきの天体ショーだ。まだ何かあるのか。ああ、と城字が呟いた。 「来た」 指差す先に弱々しい光を放つ流れ星があった。緑色のカウボーイとも、白金色のセキュリティとも違う、淡い水色だ。中心核もはっきりとしない、ほとんど星屑の尾だけになった流星だ。速度はとても遅い。城字は海に視線を落としている。ぼくも同じ場所を目で追った。暗い海面の下、ぽつ、ぽつ、と淡い燐光が灯る。ほんの一瞬、灯って消える。空の弱々しい流星が流れるのに呼応して、海の奥底で淡い光を発する。だけど力が続かないかのように、すぐ消える。 「あれも凄腕のカウボーイだったんです」 ぼくは隣を見る。ジャイロはじっと空の流星を見つめている。流星はもう空の端に消えかけている。 「活動の最盛期はぼくがこっちで自由に動けるようになる前。初めて会った時はもうあの状態でした。もう少し光は強かったかな」 「だんだん弱まっているのか」 「他のROMと融合しすぎて」 流星が消えると海はまたもとの穏やかで暗い海に戻る。鏡面の下の雑多な情報の海、墓石の街。 城字はテラスにもたれかかり、息をつく。 「物質世界で生きていても、言葉とか目の前の景色に影響されたりするでしょう。電脳世界での接触はそれよりも重い意味を持つ。遺伝子の交換に近い。あのカウボーイは仕事以上に自分の技量を試したがるタイプだったって話です。何たって自称エニグマでしたから。彼はもっと深い情報に触れようと望んだ。ただただこの電脳の海を泳ぎまくって、いつのまにか自分に肉体があることも忘れたんです」 「死んだ?」 「財団が少年の肉体を見つけました。生存はしています。ただ彼の意識も感覚も、もうほとんどこっちに溶けているので自発呼吸すらままなりません。ただしICEを破ってマトリクスの深部まで周回する能力は放置できないので、現在肉体は財団が確保、彼がROMの一部として完全に溶けきるまで監視が続いています」 「つまり、戻る肉体のないぼくらが好き勝手に遊び歩けば、ああなる可能性が高いってこと?」 「せっかく会えたのに嫌やないですか、そんなの」 「だからって俺が生き方を変える理由にはならないぜ」 ジャイロが口を開いた。城字がビクッと身体を震わせる。 「永遠の命なんざ望んじゃいねえんだ。生きてるっていうこの熱が大事なんだよ」 「それはその…そうなんですけど…」 「どうした名探偵、説得に苦労しているようだな」 夜の闇がばさりと城字の上に覆いかぶさったような強烈な質量だった。漆黒の翼を広げて異形の鳥が、いいや、腕が翼だ、人間と同じ脚がある。筋肉質な肉体はローマの彫刻みたいだ。そしてさっきぼくらを見下ろしていた目。 「貴様もジョジョか。やや食いでのない身体だな」 「やめろよカーズ」 「そして貴様がツェペリだな。名前はユリウス・カエサルだ。お前によく似た、お前とはまったく違う男には、俺の仲間が世話になったものだ」 「何の話だ鳥野郎」 「やめろよジャイロ」 城字とぼくで間に入りながら、お互い一瞬油断をしたらすぐ本気になるんだろう緊張感に、ああめんどくさいって溜息をつく。背中の城字も同じ気持ちみたいだけど、こっちは溜息をつく余裕もないみたいだ。 振り返って見ると、このカーズという男はニヤニヤ笑って舌なめずりをしている。記録で知った柱の男という存在は触れるだけで相手を食べてしまう。究極生命体となったカーズには食事も必要ないってことだった。この究極生命体がおとなしく電極を挿してこの世界にアクセスしてるのかも謎だけど、多分食べようと思えばぼくらを一掴みするだけで構造するROMを全て吸収してしまえるんだろう。 「諦めろよ城字、この男は繋ぎ止めてなんかいられない。保身の為に留まるくらいなら死ぬ男さ」 ただし、とぼくはジャイロの胸を叩く。 「カウボーイはマウンテン・ティムだろ。君はユリウス・カエサル・ツェペリ、ネアポリスという故郷を持つ男だ」 「お前……」 「真面目な話だ。君が羽ばたく力を与えてくれたのは血の誇り、故郷への愛情じゃなかったのか。ぼくは君の故郷を踏んだ。君の肉体を連れて、君の家にさえ足を踏み入れたよ」 「………」 「今度こそ君がカウボーイになるって言うんなら邪魔はしないさ。ぼくはジョースター家に行くよ。そこでグラビアポーズで君を待ってる」 「グラビアポーズって何だ」 「君は故郷が必要になったらぼくに会いに来ればいい。君の記憶の全てをぼくは持っているから」 「なあ、グラビアポーズって」 「セクシーだよ」 あっ、はい、と何故か城字が返事をした。 あのなあジョニィ、とジャイロは頭を掻く。照れ隠しだ。帽子がズレている。 「ガキをなだめるみたいなやり方を俺に使うんじゃねーよ」 「仕方ないよ、ぼくは父親にまでなったんだから」 「父親!? 子供ができたのか!?」 「……どうして君は何も知らないんだ?」 いつの間にか城字はこちらを見つめている。大きな瞳が張りつめている。カーズも邪魔をしない。テラスの上にふんぞり返って立っている姿は異様だけど…。 「知らねーよ。あの海岸でこの世とはおさらばしちまったからな」 それを言うたび、ぼくの胸は無数のナイフで切り裂かれるの、分かる? 繰り返しても尚、薄れることがない痛み。でもその後の幾つもの出会いが痛みを熱く包んでくれた。今は目の前に彼がいるという事実が痛みを灼く。別れを経験し、もう一度出会ったのだと。 気まずい沈黙だった。ぼくはもう一度ジャイロの胸を強く叩いた。 「とにかく好きにしろよ。ぼくのお嫁さんと子供の顔が知りたくなったら見に来ればいい」 「しょうがねえな。今から行ってやるよ」 二人とも物凄い棒読みだったけど、流石に城字は空気を読む日本人だ。野暮なことは言わない。視線が生温いのも今日は見逃してやる。究極生命体は茶番に興味はないのか、ぼくらのことを食べ損ねて本当につまらなそうな顔をしていた。 迎えには船が来るということだ。ぼくらは相変わらずテラスで待つ。カーズはまたどこかに飛び去ってしまった。いいの?って尋ねたら城字はぐったりして頷いた。流石に気苦労をかけすぎたかな。これからは既に電脳世界で活躍している先輩ジョジョに会うんだ、少しはおとなしくしてやろう。 SPWの文字が光る船はエア・サプレーナ島の門の前に静かに停泊する。ぼくらは馬に乗って深い藍色の鏡面に踏み出す。先まで海の姿をしていたそれは船に乗った人間の操作だろう、蹄の音が響くほど硬くフラットな面になる。その下にはぼくらにアクセスしようと微弱な稲妻が走っては弾けるが、ジャイロが現れた瞬間のあれに比べればミミズみたいに可愛いものだ。 船から勢いよく飛び降りたのは若者だった。身に着けているのは黒の詰襟…、制服だろうな。学生だろうか。ぼくは誰が迎えに来たのかの予想はついた。でもここはジャイロの出方を見よう。青年は若干の緊張と舐められてたまるかっていう闘志を隠さずに近づいてくる。気配を察して城字が前に出る。お互いを紹介しようと手を広げ口を開きかけたがもう遅い。 「なんだぁ?」 ジャイロがちょっとポーズを決めつつ目の前の、初対面のジョジョを見下ろす。 「変な頭だな……踏みつけてやりたいね」 「そんなこと言うなよジャイロ、チョーキマッテルヨ、サイコウニクールダネ…」 ジャイロのリアクションは本物だ。アチャーという顔をする城字、いつの間にか現れて楽しそうに舌なめずりするカーズ。ぼくもこの先の展開を考えて楽しい。エルヴィス――ぼくが死んで半世紀後にデビューしたスターだろ、知ってるよ――みたいなリーゼントの男から怒気が迸る。御自慢の髪型を爆発させ、カッと目を見開き、男は叫んだ。 「今、おれのこの頭のこと何つった!」 スタンドバトルが勃発しかけたところでスピードワゴン財団のセキュリティ達が慌てて船を降りてきて周囲に防壁を張る。そしてぼくとジャイロとぼくらを迎えに来た東方仗助は、また正座させられて城字からしこたま怒られる。誰も真面目に聞いちゃあいなかったけどね。 船は暗い地中海を抜けた。本来タイムラグもなく好きなところにアクセスできるのに、本物の海を渡り潮風を感じるクルーズを城字は用意してくれていたのだ。困らせて悪かった。大西洋に出るころ、東から、闇を払拭する女神の手が撫でたみたいに世界が明るくなる。そして目の前に見えるのは懐かしのグレートブリテン島。ジョースター一族の待ち構える屋敷はイギリスの、あの懐かしい丘の上にあった。 |