暗殺者の厚意

神の祝福

今宵与えられたその他幸福なもの




 道端に米国債でも落ちてりゃよかったんだがまずもってそんな幸運には恵まれず、恵まれていたらこんな稼業にはついていないと思うがジェラートはどうだか分からない。オレにはもっとマシな人生があった筈だ! 死ぬ前の人間がそう叫ぶのを何度見てきただろう。ソルベは冷笑を浮かべ、かの愛しき相棒は眉一つ動かしはしなかった。もう一つの人生などありはしない。
「あるはずがない」
 ジェラッテリアの新作を食べたあと苦いコーヒーで舌を清めながら――酷い味だった、明日は朝イチでオヤジを殺しに行くぜソルベ――ジェラートは言う。
「奴らは神を信じていないのか? なら死んだ方がマシだろう」
 対訳聖書の上に空のカップを置き、ジェラートはソルベにもたれかかる。ソファが二人分の重みに沈む。床が軋む。ソファもアパートも古いのだ。
「お前が神を信じてるだなんて初耳だ」
「証拠があるだけだ。オレの人生は祝福されているぜ? 滾る血を与えられて生まれた。生まれてからはお前が与えられた」
 リゾットが、とジェラートは目を細め片頬を歪めるように笑った。
「仕事を入れないんだ。おかしいと思っていた。あいつ気を遣ってやがったんだよオレに。誕生日だからってな」
「…ボン・コンプレアンノ」
「拗ねるなよ、可愛いソルベ。今日の日付にゃ意味はないぜ。リゾットは真面目だから調べた。オレはお前と出会った日やお前と初めてシゴトをした日やお前が初めてオレを抱いた夜の方が重要だからな、忘れてたくらいだ」
 血を綺麗に洗い流したクリーム色の指が喉元を滑りボタンの上で止まる。外してくれるのかというと、そうではない。手は、ぐっ、と本気でソルベの襟を掴み上げた。
「でもお前が特別な夜にしてくれるっていうなら、オレはリゾットがくれた二十四時間を全部お前にやる」
「プレゼントは…オレが与える側だろ」
「くれるのか?」
 ナイフの扱いでは、ジェラートが上。しかし素早さだけならソルベが上。腕力もだ。短い攻防。ふざけながらも殺し屋の本気。壁が薄いせいで隣の部屋のラジオが聞こえる。流行の歌が割れた声を張り上げる、二小節の後にソルベは勝利している。ジェラートは腕の中だ。
「…もう残り二十三時間三十二分」
 昇天させてやると囁くと、神の国に一番乗りはオレかとジェラートは笑った。
「いいな。気に入った」
 二番目はお前だろうなソルベ、と本気の瞳が笑う。一緒で構わない。一緒がいい。ソルベは甘ったるくジェラートの口を塞ぐ。