ケア・ミー・テンダー

バット

プリーズ・ドント・イート・ミー




 大空から舞い降りる翼を迎え入れるのに窓を大きく開き寒風に身体を震わせながら、いつもなら「はよ入ってー!凍えるー!死ぬー!」と大騒ぎをする城字がただ黙っているのをカーズはどう捉えたのか、いつもは自慢げに見せつける着地の様子も大人しく部屋に足を下ろした。抜け落ちた羽は勢いのまま細い月の昇る夜空に飛び去ったが、いくらかは部屋に残され、絨毯の上を所在なく彷徨い吹き溜まる。
「早いな」
 既に寝るばかりの姿をした城字を一瞥してカーズは言ったが、自分が人間の生活に合わせるつもりもないらしくゆったりと椅子に腰掛ける。溢れんばかりの髪を結うのはこういう時城字の仕事だから、ブラシを手に黙って背後に立った。
「どこに行ってたの?」
 髪を梳きながら城字は尋ねる。
「内陸だ。波紋戦士どもはいなかったが、似た遺跡はあったぞ。貴様らにも可能性がなくはない」
「ジョエコならきっとね」
 そこからしばらく言葉が途切れ、カーズが退屈そうに鼻を鳴らした。
「いつものお喋りはどうした」
「外に出てたのは君なんだから。カーズが話してくれるんじゃないの」
「その首のせいか」
 カーズの肌には遥か内陸の山脈で何万年と溶けない雪の冷たさが残っていた。掌で触れると城字はヒョッと妙な声を上げ首をすくめたが、逃げようとしなかった。
「熱があるな」
「風邪じゃないよ」
「何を摂取した。俺がいるというのに人間の医者にかかるとは学習能力のないやつだ」
「君は飛んでったままいつ帰ってくるか分からんかったし、僕も仕事で外にいたしね。かかりつけのお医者さんじゃなかったから問診票にも薬のアレルギーは書いたんやけどなあ」
 城字は今にも脳に突っ込まれそうな手を掴んで笑った。
「一晩も寝れば治ってるから」
「治るのならば明日だろうが今だろうが変わらんだろう」
「うん、痛いし痒いんやけど」
 分厚い掌を首筋に押しつけて城字は、きもちいいなあ、と力無く笑った。
「なあカーズ、心配して」
「俺が人間の心配をか?」
「僕の心配や。寝るまでそばにおってよ」
 これ以上ブラシも城字の手も働く様子はなかった。カーズとて、絶対に髪を結う必要があったからそうしたのではない。城字に触れさせ、言葉を交わすからこそ髪を結うこの時間には価値がある。
 明かりは遠いテーブルランプだけだった。ベッドの上から見上げるカーズの表情はほとんど影になっていたが、それでも水色の瞳はそれ自体が光を放っているかのようによく見えた。指の背が赤く腫れた首筋に当てられている。触れているのに、いつまで経っても冷たく心地良い。
「ねえカーズ、遺跡ってどんなの」
「廃れた岩の尖塔だ」
「詳しく話して」
 カーズは弱々しく甘える大の男に寝物語を聞かせてやる。冷えた体液を指に運び、代わりに城字の熱を奪った体液を内側に取り込んで、時々城字には知られぬように舌なめずりした。