東の果てでお茶とあなたと約束を




「こいつ、既に死んでいるな」
 カップに触れもせずジョドーが言った。
「殺人事件かしら」
 マリア・ユリアスが淹れたてのコーヒーのかぐわしい香りを漂わせ室に入って来たが手の中にあるカップは一つだけであり、また彼女はそれを夫に手渡すことなく窓辺に寄って一口飲み干す。イタリアからの嫁入り道具が山と入った木箱に腰掛け、彼女は遠い東の果ての空を眺めた。ジョドーは黙って冷めた紅茶に口をつける。死んだと表現するハーブの香りが喉の奥に残った。
「ジョドー?」
「何だい」
「私に言うことはないの?」
「…すぐに荷ほどきをする必要はない」
「そうじゃないわ」
 彼女は三日月のように弧を描いた唇をカップで隠した。
「コーヒーをくれと、言えばいいんだ。船の上のように」
「あの時君は他人だった」
「許嫁ではなくて?」
「ツェペリだった」
「他人だから容赦なく我が儘も言えたの?」
 黙って冷たい紅茶を飲み干すジョドーにマリア・ユリアスは弦楽の音のように柔らかく伸びる笑い声を投げた。
「身内になるほど心を明かさない。でも私にもそれが通用すると思わないでね、ジョドー・ジョースター」
「思わないからここまで来たんだろう」
「あなたを愛してるから来たんだわ」
 白いカップがどけられて、ようやくマリア・ユリアスの笑みを浮かべた赤い唇があらわになった。
「愛の約束を守るためなの。あなたとの約束よ、ジョドー」
 長身の彼女が近づくと、その姿勢のよい歩き姿に荷ほどきされない木箱も屋敷の器物も窓もカーテンも何もかも、出会ったばかりの東の青空さえ彼女に付き従うもののように見えた。しかし彼女は書庫となる予定の中央にでんと据えられた机に腰掛ける不機嫌な顔の男の前に身をかがめる。
「言って、ジョドー。コーヒーをくれと。船の上のように。あなたが許嫁である他家の女に命令したように、マリア・ユリアス・ツェペリに命令したように。マリア・ユリアス・ジョースターにも言ってちょうだい」
 コーヒーの香りはすぐ目の前に、身体にまといつくように漂っていた。それは空のカップからだけではなく、彼女の身体からだけではなく、唇から漏れるものでもあった。
「コーヒーを」
 小さく口を開いたジョドーの唇をマリア・ユリアスが奪い、黒い瞳でじろりと見上げると眼前に花が咲く。ジョドーは咳払いをした。
「コーヒーだ、マリア」
「喜んで、ジョジョ」
 彼女は早速木箱を括る紐を解き、揃いのカップを取り出すところから始めた。