構成分子に君の名前をつけよう




 小さな不幸の積み重ねが人を殺し、人に人を殺させ、死体を損壊し、飾らせ、名探偵を事件現場に運ぶ。お蔭で僕は飢え死にせずにすんでいるけど、突然の大陸出張で借りっぱなしのDVDの返却期限をもう一週間過ぎてしまい延滞料金が恐い。名探偵って稼いでるんでしょ?と言われればまあ一回の事件解決でそれなりに食っていけなきゃいけない程度にはもらうけど、領収書があればお金が返ってくるなんて世界ではあまりないから家計簿をつけた時にDVDの延滞料金は正直痛い。だいたい新作でレンタルするのだって、もう何ヶ月か待てば準新作になるかなとか、半額のクーポンなかったかなとか探しているのだ。
 こうやって愚痴ってると僕が世界は不幸でできている、僕は不幸な子供だとでも言ってるみたいだ。やめやめ。反省反省。ぼくはそんなこと思ってはいない。そりゃ殺人犯や誘拐犯にクソは多いし滅びろって思ってる。でもそのクソいてこその自分の給料、自分の生活があり、そもそもこの名探偵という生き物が謎を求めてやまない体質だから、善も悪も包含したこの世界の醜くも美しいこと。ああ僕はこの世界を離れては生きられない。だから……だからだろうか。僕が次の宇宙に生まれてこないのは。
 この宇宙のこの謎こそが僕を構成する要素で、これ無しには僕は生きられないのかもしれない。勿論次の宇宙でも似たような事件は起きる。でも全く同じじゃない。この宇宙の終わりを生き延びて次の宇宙に至る究極生命体だって、今の彼とは全く同じではない。何兆年という経験と孤独と苦しみと歓びが加わったカーズだから。
 でも今の僕の構成要素の一つも確実にカーズだ。返り血は全てカーズのコートが遮ってくれた。事件の幕切れ。犯人の死。どうしてみんな死にたがるんだろう。でもこれもよくあるパターンの一つだ。僕はもう何回も何回もこんな場面に遭遇してきた。それが傷つかないということとイコールかというと、そうじゃないけど。
 大きな帽子の庇の下からカーズの冷たい水色の瞳が見下ろす。また待たせることになりそうだ。犯人の物語はここで終わったかもしれないが、返り血を浴びた被害者の恋人はこれからシャワーを浴びなきゃならないし、一部始終を目撃した僕らはこれから押し寄せる警官に調べられて刑事に包み隠さず経緯を説明し、僕は中でも一番長く拘束されるだろう。正直だるい。めんどい。
 でも、物語の終わった先に佇む時、僕はどうしようもなく生きている。名探偵として一つの事件を生き延び、儚い生命体として一つの生命の危機を乗り越え、立っている。ああ、幸も不幸もつけられた名前に過ぎない。これから解放されてホテルの部屋で泥のように眠るまで僕は今日を生き続ける。
「行ってくるよ」
 囁くとカーズが手を伸ばして僕の唇を撫でた。僕はその指先にキスをして安全圏から離れる。まず泣きじゃくる少女を落ち着かせ、騒ぐ気力っも残っていない関係者達を椅子に座らせ、玄関ホールに乱暴の響く足音を出迎える。これからも小さな不幸は積み重ねられる。刑事は僕を疑い、消えた関係者――カーズ――との関連を僕に問い質し、僕は嫌味を言われたり脅されたりするけどなまじ十代から名探偵はやってない。こなしてやるぜ。警官達の足をすり抜けてドアの向こうに消えてゆく黒猫にウィンクを飛ばし、僕は現実に笑顔を向ける。
「初めまして。僕は名探偵の城字・ジョースターです」






 2014.7.10