ハングオーバー・イン・サンディエゴ




 四月のシーズン開幕からずっと底辺を這っていたパドレスが急に調子を上げて五連勝した夜、ホット・パンツが憤慨したようにビールを抱えて部屋にやって来て、ぼくもジャイロもホット・パンツならって喜んで部屋に入れたんだけどどうしてくそったれのディエゴとか、オマケに名誉ある独身男のマウンテン・ティムまでいるんだろう。
「仕事は?」
 ディエゴにポップコーンを投げつけながら尋ねると、非番っていう答え。ディエゴが抜群の反射速度でポップコーンを食べるからよけいに腹立つ。ホット・パンツが冷蔵庫の余り物で作ってくれたサンドイッチは美味しいけど。
 最終回で四番がサヨナラホームランを打った後の記憶は曖昧だ。耳に残る雄叫びは多分ホット・パンツので、ぼくはほとんど空っぽのポップコーンのボウルを放り投げ隣にいた誰かとキスをしたんだけど、それって本当にジャイロだったんだろうか。何せその頃は冷蔵庫のビールが一本残らず開けられ空き缶がテーブルの上と言わず床と言わず転がっていた。誰かが転ぶ音もした。幸せな夜だった。ディエゴがいなきゃもっと最高だったけど。
 目覚めは頭痛と仲良く肩を組んでやってきた。この別れさせようとしても離れない感じ、ぼくとジャイロみたいだ。リビングは惨憺たる有様で、昨夜誰かが転んで笑った空き缶にぼくも転びそうになり、壁に縋りつく。笑うやつはいないけど、頭は痛いし割れながら腹立つ。誰だよこんなまともに歩けなくなるまで飲んだの。ぼくか。
 どうにかキッチンに辿り着いて水を飲んだ。そう言えば映画であったよね、酔い覚ましのドリンク。西部劇っぽい映画のさ、ああ、違う、タイムマシンが出てくるあれ。何だっけ。とにかくアレ。トマトジュースと唐辛子とそういうの混ぜてなかった。うわ、胃がでんぐり返りするんじゃないの? 冷蔵庫の中はほとんど空っぽでトマトジュースどころかミルクも入っていない。冷たい水はさっき飲んだのが最後だ。でもジャイロ、君を一人にしない。水はここにあるぞ。
 ぼくは棚にストックされていたペットボトルのぬるい水を掴んでベッドルームに向かう。のろのろと歩きながらぼくもベッドまで連れて行ってくれればよかったのにと少し怒る。リビングに放っておくなんて。そりゃ君がソファで居眠りしてる時は自己責任だって放っておいてるけど、ぼくが君を抱えるのと君がぼくを抱えるのとじゃ話が違う。あといつか親切に運んでやった時は怒ったくせに(でもそれはぼくが乳首を抓んだせいだ)。
 寝室のドアを開ける。思ったより明るい。カーテンが開いている。朝陽の中に男が寝転がってる。
「ん?」
 ぼくは水のペットボトルで自分の頭を叩いて目を擦ってリビングを振り返ってもう一度ベッドを見た。広すぎるベッド。海のようなシーツの上に寝ているのはたしか――多分――ジャイロで、それは同じベッドに寝てる仲だからジャイロの体格くらい覚えてるし、長い髪は確かにジャイロだろうし、聞こえてくる鼾も時々聞くジャイロの鼾だよなと思うけど、色々と問題なのは床の上にパンツが落ちてるとかシーツがやたら乱れてるとかその上に寝てるジャイロが羽織っているのはマウンテン・ティムがオフの日によく着ているカウボーイの服で、しかも上だけってどういうことだよ。顔の上には眩しくないように帽子が載せてあるけど、それだってジャイロがいつも踏んづけてやりたいって言ってるやつだ。しかも頭の上に載ってるうちにさ。頭隠して尻隠さずどころじゃないだろ。
「パンツ穿けよジャイロ」
 ペットボトルを投げるとそれはうっかり股間を直撃しそうになって危機感に急な覚醒をしたらしいジャイロが、うお!と悲鳴を上げた。
「てめえ…ジョニィ……」
 大声を上げられないところを見ると向こうも相当な二日酔みたいだ。
「起きたのか? 寝るか?」
「寝ぼけてるな」
 ジャイロは、おう、と力無い返事をしてペットボトルを取り上げる。ぬるい水も彼は馬のように飲んだ。水は口から溢れ出して胸まで伝う。ジャイロはそれを袖で拭う。
「馬くせえ」
「そりゃそうだろうね」
「おい…ジョニィ、こりゃどういうこった」
「こっちが聞きたいよ」
 ぼくはのしのしと床を踏んでベッドに近づく。
「待て、誤解だ」
「誤解を生むようなことがあったの?」
「いや…ない……」
 多分…、と小さな声が付け加える。
「まあね、隣に裸のマウンテン・ティムがいたらぼくも考えた」
 ぼくは自分の帽子を脱ぎ捨て(一晩被ってたのか、髪がぺったりしてる)ジャイロの傍らに落ちているマウンテン・ティムの帽子を背後に放り捨てる。
「待てジョニィ」
「何を待つんだ」
「おまえ、自分の顔鏡で見てみろ」
「君の瞳に映ってる」
「ロマンチックだなおい」
「だろ?」
 キスはやっぱり二日酔の味だ。苦くてべっとりしてる。ペットボトルにわずかに残った水を舌の上に垂らした。ぬるい水が喉の奥に一筋流れ込む。ぼくはジャイロの肩を掴んでベッドに押しつけ、もう一度強引なキスをした。
「待て、ジョニィ。ジョニィ!」
「何心配してんの?」
「だって、おまえ、おい」
「ヤル気だけど」
 いつもの通りさ、と服を脱ぎ捨て、腰の上に跨がる。
「君がくれるってんなら話は別だけど」
「いやマジで落ち着けジョニィ」
「君が落ち着けよ」
 そんなに恐い顔をしてたんだろうか。ひゅっと縮こまったのに手を伸ばす。
「ただ、服はそのままね」
「……怒ってるのか」
「いいや。興奮するから」
 口が渇く。我慢できなくて唇を舐める。昨日あれだけ興奮したのに訳分かんないまま寝落ちしたんだ。フラストレーション溜まりまくってるんだよ。ジャイロはじっとぼくを見つめていたが、両腕を広げると大きく溜息をついた。ぐっと目を瞑る。
「…よろしくお願い申し上げます」
「なんで敬語? リンゴォみたい」
 リラックスして、と手に触れたものを撫で、そういえばマウンテン・ティムの帽子を被ってやったらジャイロも興奮したかなと、ふと思ったけどどう見ても馬鹿っぽいから投げ捨てて正解だ。ジャイロはぎゅっと目を瞑ってる。それを笑わせたくて、ぼくは脇腹をくすぐる。
 その夜もパドレスは勝った。奇跡の六連勝だ。ぼくらは抱き合いキスをし、ベッドの上で続きをちょっとしてから眠った。マウンテン・ティムの服は洗濯機の中で皺になっている。






もちさん、くらえさん、アサイさんへ 2014.6.4