あなたに届けるおやすみ




「おやすみ」
 それからもう一度、おやすみと呟いた。
「何だ?」
「向こうに見える灯が消えた。多分農家だ。誰かが眠ったんだ」
 ジョニィは焚き火に枝を放り込み、おやすみ、ともう一度呟いた。
「おやすみ」
 もう一度返してジャイロは毛布を被り、帽子を顔の上に載せる。




ジョニィ・ジョースターの等価交換




「等価交換」
 ジャイロは指先で唇を叩いた。
「相応しい働きに相応し報酬を」
「キスくらい」
 とジョニィがしようとすると、ちげーよ馬鹿、と両手で遮られぐいと押し返された。
「だから」
 邪険にされるとそれは相当腹が立つ。
「キスがほしいんだろ」
「キスくらい、とは何だ。くらい、とは」
「たかがキスじゃないか」
「たかがじゃねーよ」
 口づけをくださらなければ死ぬ、くらいのキスだ。ジャイロは威張ってそう言った。
「ご褒美はお姫様のキスに決まってる」
「誰がお姫様だって」
「気に入らなかったなら謝るぜ」
「いいや、取り消して謝罪しろ」
「なんだ怒ったのか、ジョニィ」
「もうキスなんかしない、絶対にしない」
 車椅子を方向転換させると後ろから肘掛けを掴まれぐるりと回転させられる。
「嫌だ」
 今度はジョニィが唇を両手でガードした。
「絶対にヤダ」
「そういうのが欲しかったんだ」
 ふざけるな、と睨みつけたがジャイロと腕力の勝負をして、実の所五分と言わず自信があったのに――絨毯の上だって車椅子で走れるぼくの素晴らしき腕力!――欲しい、と迫るその目が確かに欲情しているのに引きずり込まれ、抵抗も善戦空しくといったところ。唇は奪われ、隙に蹂躙され、やっと息をついた時には垂れた涎が口の端から顎まで伝って、子供だってこんなに口元の緩いキスなんか、とジョニィは憤慨した。
「もう一回だ!」
「もう一回?」
「今度はぼくが…」
「オレをメロメロにしてくれるのか?」
「足腰立たないようにしてやるからな」
 結局のところキスはキスなのだけれど。ご褒美のキスというよりは喧嘩に近い。喧嘩というよりは。
「前哨戦はこのへんにしとこうぜ」
「まだ」
 ジャイロがベッドに運ぼうとするのを引き留めて首にがっちりと腕を回しもう一度深いキス。このまま車椅子で倒れたとしても構わないくらいに。
「おいジョニィ」
「まだだ。ご褒美のキスがまだ」
「ベッドで」
「ここで」
 いつもどおりだが、いつもと同じでは物足りない。ジャイロ・ツェペリと過ごす日々は毎日が冒険的だ。






2014.3月