殺し屋の事務所で
事務所に泊まるのは嫌いではないが、夜中――に限らないのだが――不意にセックスしたくなった時に困るのでジェラートはなるべく仕事は早く済ませるし、どこに越しても必ず報告書用のファクシミリを据えるし、パソコンを導入したのもメローネより早かったのだが、いかんせん事務所にその文明の利器が届くまで時間がかかった。そんな訳で、事務所に泊まったことが何回かある。そこでセックスしたことも一度だけ。 「一度?」 とメローネが尋ねた。 「我慢できなくてな」 「どっちが」 「どっちとも」 詳しく言えばソルベが我慢している姿にそそられてジェラートが我慢できなかった。殺しの前で昂ぶってもいた。殺しの後だったら報告書はとにかく書き殴ってでもヤサに帰ったのに。資料を待っていた。リゾットとギアッチョは戻りが遅くて、結局待ちきれなかった。 思い出し始めると、時間は十一時少し前で遅いと言うには早かったとか、ソファは古くてスプリングが飛び出しかけてるのを誤魔化し誤魔化し使っていた最後の頃だったとか、ソファにかけられた織物はメローネの私物だった、中国の織物だったとか細かなところまで思い出されて、意外と話していて尽きない。恋人を待つ間恋人について話すのは結構楽しいなと内心の盛り上がりのままにジェラートは話した。もっと詳しく、とリクエストされたので、服を脱いだ順番も体位もキスの回数まで全部教えた。全部覚えていた。 忘れっぽいはずなのに…と笑顔の裏でジェラートは自分に驚く。自分を産んだ女の顔、殺した男たちの顔、女たちの顔、どれ一つ覚えていないのに、ソルベがどの瞬間にどんな顔をしたかは覚えている。 「欲情してきた」 ジェラートは素直に言った。 「事務所で欲情するのは二度目だ」 「もうすぐ来る」 メローネが優しく時計を指さした。 「見せないぜ。ここではやらない」 「いいよ。今度教えてくれれば」 ジェラートはメローネのあらわになっている方の頬にキスをし、舌でべろりと舐めた。 「怖い怖い」 メローネが嬉しそうに言った。 2014.2.25 |