フィル・ナイト・ウィズ・ムーン・イェット




 足りないところが満たされて、少し心臓の鼓動が収まればまた物足りなくなる。快楽の絶頂は永遠ではなくて波だから――これが永遠に続くようだったら多分死んでる、ヤクはやったことないよ、オフィシャルではそう言っておこう――いつか静まるのは仕方ない。それに、だって、明日もレースは続くんだ。セックスばかりしてられないさ。でもジャイロの表情を見るにつけ、あながちないものでもないのかなって思わなくもない。今。
 ぼくが今出したものとさっき出したの、何回分か、もう溢れ出してすごい光景になってる。ジャイロも明かりを点けてたら許してくれなかったろう。でもランプがなくたって月明かりで十分。それに目も慣れた。君の身体なら、触れている。ほぼ毎日。たとえ性的なものじゃなくてもぼくは君に触れる。君もぼくに触れる。肩を叩いたり、拳をぶつけたり。寒くなれば身体も寄せ合う。ぼくの目だけじゃない、肌が君の身体の形を覚えるから、月明かりだけでもはっきり分かるんだ。月明かりに薄められた闇の中、ぼくに跨がったジャイロはすっかり溶けそうな顔をしていた。ぼくのちょうど目の前に見えてるものはまだ硬いまま発射待ちなんだけど、でも多分、今、イッたんじゃないの。それっぽい。吐く息と一緒に彼のいつもの思考回路も溶けて流れ出したんじゃないかって感じで、不思議そうに自分の勃起に目を落としている。ぼくはそれに手を伸ばす。
「ジャイロ…?」
 濡れたそれの根元までなぞるとジャイロが瞼を伏せてかすかに痙攣させる。ぼくは繋がった部分に触れる。ぼくのが入ってるんだなっていうのは毎回感動だ。飽きたり慣れたりしない。毎度、何て言うの、有り難みがあるよね。ぼくのが役に立ってるっていう感動も含めて、彼がそれを受け入れてくれてるっていうのが。征服欲っていうの? ジャイロが吹かせる先輩風ってぼく全然嫌いじゃないし、その面倒見のいいところとかちゃっかり甘えたりしてるけど、そういう彼の全部をさ、今手に入れてるのはぼくなんだ。そしてきっと世界でぼくだけだ。誰もジャイロのここを精液でいっぱいにしたことなんかないだろ。そういう男がもし世界のどこかに存在するならぼくはどこまでも追いかけてそいつを殺す。彼への愛しさでいっぱいの今、嘘なんか言わない。絶対に殺す。
 抜きたくないけど手首のおんぼろ腕時計は容赦なく時を刻み、夜は更け、明日は確実に一秒一秒近づきレースが始まる。
「ジャイロ…」
 繋がった部分を指でなぞると、ジャイロの手が掴んだ。
「ジョニィ……残念だが………」
「うん」
 でもジャイロがどいてくれないと抜けないし。
 すると今まで目を伏せていたジャイロが瞼を開き、目が合った。ぼくは黙って彼の形に見える終焉を経ていない昂ぶりに手を伸ばし、彼もそれを容認した。ジャイロがようやくぼくの隣に横になったのは、それからもうしばらく後のことだ。
 ぼくが尻に手を触れると、もうしねーぞ、と死にそうな声で言う。
「違うよ」
 ぼくは言い返し、溢れたものが冷たくなり始めた脚の間をなぞった。
「ジョニィ」
「もうしばらくしたら乾くんだ」
 死んでしまう、と呟くとタオルを掴んだジャイロが、多分脚の間を拭おうとしてたんだろうけど、それから手を離して今まで自分の体内に収まってたぼくの、もう力をなくして横たわってるのに触れた。
 ジャイロは小さな声で何かを囁いた。ぼくは彼が何を言っているのか分からなかった。イタリア語だったのかもしれない。きっと愛の言葉だったんだろう。ぼくは彼の頬に唇を押しつけ、抱き締める。もうしばらく横たわっている。溶けそうな余韻がぼくの肌に染みてゆく。今夜の、ジャイロの身体を記憶する。月光に薄められた闇の中やさしいキスをする、ジャイロの。






2014.2.6