サクロサンクトサクリファイス 15




 注射針が一本。戸棚の中にある。重宝している。棘が刺さった時などは特に。皮膚を切り裂く、それに向いている。その為の鋭利な針の先。
 クスリをやっていた訳じゃない。それはジャイロにも分かる。だから何故マウンテン・ティムが戸棚の中にそんなものを持っているのかは不思議だ。自分が初めてこの家に訪れた時、それは既にあった。棘の刺さった指先を睨みつけ針を一本貸してくれと言うとそれが差し出された。その時理由を聞かなかったから、戸棚の中の注射針一本という事実も日常の一部と化し、これからも尋ねることはないだろう。秘密と言えばそうだ。これからも互いに話題にもしない、それどころか存在さえ匂わせない秘密をそれぞれに持ち続けるのだろう。そのような関係でちょうどいいとジャイロも、そして相手のマウンテン・ティムも思っている。肌の奥をどれだけ知ったとしても。
 窓の外は日暮れの空が次第に夜の藍に色を変え、しかし地平線の強烈なオレンジが今しばし部屋を照らしていた。ベッドの上は、伏せたジャイロには暗いシーツの波しか見えなかったがそれを上から見下ろすマウンテン・ティムには汗ばんだ肌が残った最後の夕陽に照り返すのや、明るく染まった髪の毛が気づけば夕闇の中に沈むのを見取ることができた。日が完全に落ちたらこの男は街中のアパートに戻らなければならない。行為を終焉に導くには潮時で、今一度の佳境と腰を押し進めるとジャイロの堪えるような声が漏れた。
 荒い息づかい、低い呻きがもつれ合い崩れ落ちる頃、部屋はとっぷりと夕闇に沈み窓は藍一色に塗られていた。その下で笑い声を上げたのはどちらか分からず、短く響いたそれすぐにして止み、やがて衣擦れの音。シーツを剥いで裸足で床を踏む足音や、落ちた洋服を探す気配。パチンと音を立ててスイッチが入り、部屋は明るくなった。ぶら下がった電球の照らす下、下着を探すのを諦めてベッドに腰掛けているのはマウンテン・ティムで、スイッチを入れたのも、下着にシャツ一枚だらしなくはおってコーヒーを淹れようとしているのもジャイロだった。
 バクン、と古い冷蔵庫の扉の開く音。
「何か食うか」
「食って帰るのか?」
 ティムは尋ね返しながらベッドを離れ、ジャイロの背後に立った。ジャイロはくるりと振り向き、急に嫌そうな顔をした。
「久しぶりに泊まるか? ジャイロ」
「冗談じゃねえ。帰るぜ」
 コンロの上でケトルが音を立てる。ジャイロがいつものようにコーヒーを淹れるのを、ティムはキッチンの狭いテーブルで待った。
「この頃は」
 ティムはコーヒーを受け取り、向かいに座るジャイロを見た。
「帰るのが楽しみらしい」
 ふん、と鼻から息を吐きジャイロが唇の端を持ち上げる。
「同居人ができたと聞いたぞ」
「どっから聞いた」
 かわいいかと尋ねるとジャイロは思いの外、お、聞く?それ聞いちゃう訳?と話題にのりモバイルを操作する。
「やー、でも見せっかなー。どーすっかなー」
「見せたいんだろう」
「やっぱ見せねえ」
 最初から思わせぶりな態度を取るというより見せたいという誘惑に打ち克ったらしくて、マウンテン・ティムはそれなら見たいと好奇心を抱いたが、彼らの間に二度目のチャンスというものはない。
「じゃあさっさと帰るといい。他人の飯の心配なんかしないで」
 しかしコーヒーは習慣だ。ジャイロは慌てることなくそれを飲み干してから席を立った。
「帰れば、お帰りのキスにあたたかい夕飯か?」
 ズボンを穿く背中に尋ねる。
「んな可愛げはねーよ」
「でも帰るんだな」
「ああ帰る」
「じゃあどうしてオレのところに来る?」
 するとジャイロが振り向いた。シャツのボタンはまだ留められていなかった。キスマークもラブバイトも残ってはいないが情交の痕跡はシャツの肌の隙間から匂い立った。
 静かに考える気配の後、不意に真面目な声が答えた。
「オレを手酷く扱えるのはあんたくらいだ」
「ジャイロ・ツェペリを手酷く扱いたい輩は結構いるぜ?」
「あんたは敬意を払ってくれる」
「突っ込むケツに?」
「そういうことだ」
「買いかぶりすぎだと思うがな」
「オレはあんたのやり方が…」
 一瞬、ジャイロが口を噤んだ。彼は咳払いをすると訂正するように
「気に入っている」
 と答えた。
「光栄だ。好みに口うるさいジャイロ・ツェペリのお墨付きをいただけるとは」
「帰る」
 三度、ジャイロは言った。
 シャワーを浴びなかったと気づいたのは車に乗ってだいぶ進んでからで既に街中に入っていた。それでもまあ汗くらい、とそのままアパートに戻り部屋のドアを開ける。予想通り、ジョニィは夕飯の支度もしていなかった。ふくれっ面がテーブルに頬杖をついていた。
 いつもなら夕飯を待たされて文句を言うはずのジョニィだが、その日はジャイロの姿を認めた瞬間不機嫌も掻き消えた。ふくれっ面が無表情に静まり、沈黙のうちにジャイロを見つめる。射抜く視線のぬくもりのなさにジャイロは胸がひやりとした。口を開きかけると、いいよ、とジョニィが先を制した。
「別に、君のプライバシーに干渉するつもりはない。ぼくにはその筋合いもない」
「あー……」
「君も男だ。当たり前のことだろ?」
 ので、もともと言い訳もするつもりはなかったし後ろめたくもなかったはずが妙に何も言えない気分でモバイルをテーブルの上に置き、ジャイロはキッチンに消えた。
 遅い夕飯を作りながら、モバイルの中に保存した写真を見せなくてよかったと思う。見せて自慢もしてやりたかったが、やっぱり見せなくてよかった。更に気まずくなるところだった。
 ジョニィは頓着しないのか夕飯の最中に、美人?、と尋ねた。ジャイロはまじまじとジョニィの顔を見つめ、おまえには敵わねえんじゃねーかな、と答えた。
「はあ?」
 ジョニィはこれでもかと言うほど顔を歪める。
「それ本気で言ってんの?」
「いやおまえ自分のこと顔いいと思ってんだろ」
「そうだけどね」
 当たり前のようにジョニィは答えてよく焼けたチキンをぱくりと口にした。

 その朝ジャイロはあの日の事を思い出していた。九月二十五日の青空と、あの衝撃と、世界の黄昏。どれだけの時間だろう。呆然と、白く、黄色く、灰色に煙った空を見つめていたのは。ほとんど無垢とも言えるような剥き出しの心が強烈な痛みを感じるほんの一瞬前の空白。それに比肩する衝撃が目から飛び込んでくる。
 窓の外ではニューヨークの冬の薄い水色の空が明るく光っていた。シャワーを浴びる浴室の小さな窓からもそれが見えた。夜勤明けのジャイロは汗を流して少し眠り、その間ジョニィが料理の腕を上げようと――食えるものは作れるようになった、次は味だ――自主的に頑張っているらしい様々な音が聞こえてきて、漂ってきた匂いは悪くなかったからちょっとした騒々しさも子守唄のようだった。正午を少し過ぎて目覚め、裸に肌寒さを覚えながらクローゼットを開けた。その瞬間。
 目の前にあったのは男物の下着で、確かに男物ではある、自分は男なのだからと考えつつもそれが衝撃から身を守るための回避的思考であり、現実は極めて現実的にジャイロの目の前に提示された。自分のものではないパンツが一枚ある。すぐに目についた。特別派手な柄だったからではない。それを言えば周りのものは柄だらけだ。黒鳥の中に白鳥が一羽まじっていれば目立つものである。
 勢いよくクローゼットを閉じて、自分の狼狽ぶりが腹立たしくオンスリーのカウントではないが呼吸を三回、心臓を落ち着けもう一度開いた。マウンテン・ティムの下着がそこにある。
 慌てるなかれと言い聞かせたものの服を着る仕草は乱暴になりティムの下着をポケットに突っ込む頃には怒りを隠しきれなかった。だが、どうだか。
「さっきからバタバタ何やってんのさ」
 テーブルに皿を並べているらしいジョニィが言う。
「寝起きから元気だな」
 怒りなど最初から隠せてはいない。が、それでもまだ笑うことはできるな、と無理矢理口角を持ち上げて寝室を出、
「ちょっと行ってくる」
 とテーブルの横を通り過ぎ車の鍵を引っ掴んだ。
「今から?」
「悪い。晩飯もいらねえ」
 ここでジョニィが、美女によろしく、と言えばジャイロの勘違いで済み、張り切りすぎないようにとかお盛んだねとでも言えば実際拳を一発食らわせた後はもう一戦交えたかもしれないが。
「そ」
 ちらりと振り向くとジョニィは軽く肩をすくめただけで、そ、という味気ない一声と同じくその視線にぬくもりはない。その瞬間ジャイロは、あのカウボーイと徹底的にやり合わなければならないと理解した。ジョニィは確かに料理は下手だ。だがそれを克服しようというガッツと負けん気の持ち主であり、知識を蓄える脳みそがあり、教えていない技術を盗み取る洞察力がありそれらを実行する意志を持つ。侮ってはならない。ここでバレてはいないと思い込むのはダチョウのように愚かだ。ジョニィは自分が男と寝ていることを知った。
 湧き上がる怒りの中心は何か。羞恥か。マウンテン・ティムとの関係を恥じているのか。郊外に向かって車を飛ばしながら考え続けた。病院の人間に知られたらどうだろう。明日からメスを持つ手も震えるか? そんなことはない。居づらいかもしれないが他人が何だというのだ。じゃあジョニィも他人だ。居候はさせているし、裸も、ジョニィという人間の肉体総て視た。他人よりはいささか距離が近いと? そんなもの、患者だったら誰のでも視る。居候状態だっていつか解消される。ジョニィがあのドアから出て行く日はいつか来る。他人だな。変わりはしない。だがジョニィはマウンテン・ティムの下着を洗って干して畳んでジャイロのクローゼットに入れた。真実を知ったはずなのに何も言わなかった。ジャイロ自身が狼狽しなければいつもどおりの日常が続いたに違いない。
 日常? あいつが来るまで一人がオレの日常だった。いつのまにか二人になった。日常なんてものがいつまで続く?
 思考が重なるにつれ、周囲は見えなくなった。自分の思考そのものもだ。中心にあるのはマウンテン・ティムの下着でとにもかくにもそれが全てだった。ジャイロは車から飛び出すと泥濘の残る草地を一直線に横切り、裏口の戸を蹴破ってちょうどキッチンでビールをやろうとしていたマウンテン・ティム目がけ警告の一言もなく、ただ気迫の一声と右手の鉄球を放った。鉄球が空気を裂く音。それが聞こえる頃には既に鉄球はティムの顔面に食い込んでいたはずだが、目の前にあるのはまさしく目を疑うような光景だった。
 確かに顔面を直撃したと思った鉄球は背後の壁に食い込んで回転を続けている。床の上にはマウンテン・ティムのばらばらになった身体が転がっている。顔まで真っ二つだ。その断面は乾いた血液のように濃く暗く、しかしぬめぬめとして見える。
「クソッ」
 ジャイロが悪態を吐くと呼応するように鉄球が跳ね返り、右手に戻った。パシン、と心地良い音。
「お見事」
 マウンテン・ティムの声。
「嫌味か?」
「いや、オレ自身のことさ」
 見ればバラバラになったティムの身体の断片を繋ぐロープが見えており、肉体はそれを伝って元の形に戻ろうとしていた。
「しかし」
 床に尻をついたまま、ティムは両手で顔をぐいぐいと押さえた。
「自分の頭を真っ二つにしたのは…させられたのは初めてだ」
「オレも、オレの鉄球を避けたヤツは初めて見たぜ。…いや、親父以来か」
「おい、オレの顔ズレてないか?」
「ちょっとくらい顔に色がついた方が味が出るんじゃねえのか、イケメンカウボーイさんよ」
 そう言いながらもジャイロはしゃがみこんでティムの顔を調べ、つーかおたくの能力なんだからおたくの心の持ちよう一つでどうにでもなんだろ、と言いつつ無事を確かめた。
「だろ? スタンドっつーのはよ」
 頬には鉄球の掠めた痕が痣になっている。
「で、どうしたジャイロ・ツェペリ」
 マウンテン・ティムは中身のこぼれたビールをシンクに放り、古い冷蔵庫から新しいものを二本取り出して片方をジャイロに渡した。
「これだ! てめー、これを」
 ジャイロはポケットから引っ張り出したパンツをキッチンテーブルに叩きつける。マウンテン・ティムはけろりと言った。
「おまえが間違えたんだろう」
「は? ふざけんな」
「いいや、おまえが自分で穿いて、間違えたまま帰って行った。誓ってもいい。オレはミスリードなんか一つもしていないぜ」
「証拠は」
「おまえの記憶の中に」
「なんだと?」
「おまえがドアを開けて出て行く瞬間まで、オレはフルヌードだった」
 反論の勢いが一瞬止まる。
「証明してもいい」
 ティムが下を脱ごうとするのを、やめろ、と言った時には怒りは全て嫌気に転じていた。ジャイロはもう一度、クソッ、と呟き狭いテーブルにかけて冷たいビールを飲み干した。
「どうしたんだジャイロ。オレがおまえを罠にかけると?」
 向かいに座ったティムがにやにやと見上げてくる。
「やめろその顔」
「生まれた時からこの顔だ」
「イケメンだって言いてえのか」
「周りが勝手に言うのさ」
「いけすかねえ」
 飲みかけのビールの壜を軽く触れ合わせ、それが和解だった。
「だがおまえがあんなに血相を変えて飛んでくるとはな、ジャイロ。前の夏、ヴァルキリーの目が病んだ時以来だ。何があった」
 ジャイロは壜をゴツリとテーブルに置き、バレたんだよ、と低く言った。ティムは思わず笑う。
「そんなことを気にする男か? おまえが」
「オレの同居人にバレたんだ」
 マウンテン・ティムはきょとんとして目の前の男を見た。そこには若干の羞恥さえ見出せた。その色を見て取ったティムはじわじわとした笑いを口元に滲ませた。
「ほう」
「ほう、じゃねーよ!」
「で、バレて? 相手が出ていくとでも言い出したか」
 ジャイロが黙っているとティムはいっそうニヤニヤしてジャイロが困る様を見物しようという態だったが、沈黙はただただ押し続いた。ジャイロは答えず、軽く伏せた目はティムを見ておらず、ここにいない誰かのことを考えていた。
 ティムはテーブルの上のパンツを掴んで立ち上がった。奥に消え、戻って来た時、その手は小さな新聞紙の包みを持っていた。
「一応、洗濯はしておいてやった」
「…全部、おあいこって訳だな」
 ティムが頬の痣を指で示すと、ジャイロは嫌々ながらと顔を上げる。
「待て、冗談だ。キスじゃない」
 嫌そうな面の裏のあまりに真面目な態度に、マウンテン・ティムは笑いながら訂正してやった。
「おあいこだ、ミスター・ブロークンハート」
「誰が何だって?」
「さあさあ自分のアパートに帰れよ」
 同居人が待っているんだろうという言葉は科白ではなかったけれども目が十分にそう語っており、余計なお世話だ、と反抗心の湧いたジャイロはビールの礼は言わず外に出た。
 再びアパートに戻ったのは夕方には少し早い、しかし昼食と言うにはあまりに遅い時間で、それなのにジョニィは作った昼食にあまり手をつけていなくて、ふくれっ面でジャイロを迎えた。
「帰ってこないって言った」
「言ってねーよ」
「でも晩飯もいらないって言ったよな。ぼくはこれ全部捨てようと思ってたんだ」
「悪かった。撤回する。腹が減ってるんだ、食わせてくれ」
 しかしテーブルの上のチキンをレンジで温め直したのはジャイロだった。野菜の付け合わせを見ても、先日の自分の料理を真似たのだと分かった。
「おかわり」
「ぼくの分がなくなる」
 ジョニィが文句を言うので、コーヒーを淹れてやる。
「君はぼくがコーヒー一杯で何でも騙されると思ってるらしいな」
「じゃあ二杯だ」
「やらないとは言ってないさ」
 ジョニィがフォークを取り上げ、わずかに腰を浮かす。しかしその両手は皿の中身をこちらに移そうとするので、ああ、と腰を下ろした。
「ああ、って何さ」
「いや、言ったらおまえ怒るだろうな」
「どうせ馬鹿なことを考えたんだろ」
 ジョニィは一番大きなチキンをフォークで突き刺し、あーん、と言って自分の口に入れた。

 それからもジョニィは何も言わなかった。ジャイロも何も言わなかった。忙しく働く日々が過ぎて次の休みがやってきた日、ジャイロは誘った。
「ジョニィ」
「なに?」
 ジョニィはコーヒーを片手に新聞記事を目で追っている。
「おまえ、馬とか興味あるか」
「馬…?」
 顔が持ち上がり、正面からジャイロを観た。
「どうして?」
「おまえ、最近あそこに行かねーよな」
「質問に質問で返すなよ」
「そりゃおまえが先だろ」
 別に…、とジョニィは呟いた。
「毎日行ってもしょうがないし」
「牧場、行ってみねえか」
「どういう風の吹き回しだよ。いきなり牧場とか意味分かんないんだけど」
「たまにはいいんじゃねーの。それにおまえが部屋にいる分、光熱費も食うしよ」
 どこまで何を考えていたのか。バレたならバレたで、という開き直りもあった。だが悪い風は吹いていない。今朝の窓を開けてそう思った。根拠はそれだけで十分だった。
 牧場に着くまでの間、ジョニィはずっと窓の外を眺め、ジャイロを振り向こうとしなかった。着いてもマウンテン・ティムとの挨拶もあっさりしたもので――それは自分の正体を隠したいからでもあったろうが――、多分勘のいいジョニィのこと、この男が例のパンツの持ち主であり自分の相手だと気づいたはずだが、そのような様子はおくびにも出さなかった。勘づいたからこそか? いいや、もっとジョニィの心を奪うものが目の前にあったのだ。
 短い草の上を一頭の馬が駆ける。跨がっているのはジョニィだ。声を上げている。こちらに手を振っている。
「ジャイロ!」
 笑い声が晴れた空に吸い込まれる。
「かわいい子じゃないか」
 隣に並んだマウンテン・ティムが言った。
「自慢もしたくなる」
 また手が振られる。 ジャイロも手を振り返す。それでも馬上の人影はいつまでも手を振るのをやめない。
「名前は教えてくれないのか?」
「あいつが名乗ったろ。ジョースターだ」
「ジョースターか…」
 マウンテン・ティムはちょっと黙り込み、彼女、本当に女の子か?と尋ねた。
「おい、そりゃあ失言だ」
「いやそういう意味じゃない。ただあまりにも馬に馴れている。見ろ、もうあんなスピードで走らせてるぜ」
「経験者なのかもな。オレも知らなかったが」
「そしてジョースターか」
「何を知っている、マウンテン・ティム」
「ジョニィ・ジョースターという名前に聞き覚えはないか?」
 ふとティムが顔をしかめる。ジャイロはひょいと眉を持ち上げて見せる。二人の間のテンションがピンと張られる。
「知ってるのか」
「いいや。誰だ」
「ジョッキーだ。元天才ジョッキーと言うべきかな。二年前に消えた」
 二人の視線の先では馬がいよいよスピードを上げ、ジョニィが高い声を放った。




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2014.1.15