罪悪感は感光済みだったので私は

それ以外の感情をもって日々に臨んだ




 愛していると言うなら証明してみせろ、という眸に睥睨されホルマジオは敢えてそれを無視し煙草に火をつけた。そもそもイルーゾォに信じる気があるのかという話だ。信じたいと思っていない。疑うことは呼吸ほどに当たり前の回路として組み込まれていて、今更取り外すことは不可能に思えた。言葉を尽くせば尽くすほどにイルーゾォは疑い、信じようとしないだろう。その眸が語っている。最初から全てを偽物と決めつけて卑しむ目だ。そんなものに触れられてたまるか、と。そして鏡の中に閉じこもる。一度本気を出して拷問のフルコースにでもかけた方がいいのかもしれない。そうすれば本物の傷みとは何かを、愛され触れられるぬくもりの真実味を知るだろう。
 しかしホルマジオは煙草の煙を吐きかけることしかしなかった。咳き込み、俯いた顔を長く伸びた髪が隠した。視線から解放され、もう一つ小さな溜息をつく。
「愛してるっつうか、時々殺してぇよな」
 呟くと、イルーゾォは咳をやめ、俯いたまま、じゃあなんでそうしねぇんだよ、と呟き返した。
「愛してるからだろうな」
 ホルマジオは諦めたように返し、煙草をすすめた。イルーゾォは一本取り出し、自分のものよりわずかに軽いそれを唇に挟む。火は吸いさしから移した。わずかに潤んだ眸が近づき、閉じた。

          *

「お前が欲しい」
 ホルマジオは鏡の中で逃げようとするイルーゾォの姿に、いつも見るのとは左右反対の姿に手を伸ばした。いつも高慢に上げられた顎がぐっと引かれ、今にも怒り出すか泣き出しそうな顔ににんまりと唇の端を持ち上げた。
「お前が鏡から出てくるのにこれ以上の理由があるか?」

          *

「家族になるか」
 怪訝に思い振り向くと、ベッドに腰掛けたホルマジオの裸の背中だけが見えた。
「…なんだって」
 聞き返したが答えない。
 パッショーネに入った時、それは勿論家族となることだったし、特に風当たりの強いこのチームの中にいれば自然と結束も固まるものだった。とはいえ、ごっこは似合わない。大人であるし、稼業が稼業だ。
 家族。
 そんなものを作ろうと、イルーゾォは考えたこともなかったし、言われたこともなかった。結婚をする。子供ができる。女房と子供を養うために働く。そんなことができるだろうか。自分の身一つでも持て余している。誰かのために何かをしてやることが生活になるなどと、現実的に考えてどうしてもしっくりこなかった。
 だがホルマジオは別だろう。今は外に放り出しているが猫も飼っている。部屋も存外きれいだ。酒の瓶が出しっぱなしになっていることなど、どんな家でも珍しくはないことだろうし。
 今、この男は誰に向かってその科白を吐いたのか。
 イルーゾォはもう一度尋ね返すよりも背を向けて眠りについた。互いに戯言だとは分かっているはずなのだ。少なくともイルーゾォは分かっている。家族。一番遠い言葉だ。
 翌日、仕事だと二人揃って呼ばれて事務所に向かうと、待っていたのはリゾットだけではなかった。ギアッチョが資料を持っていて、乱暴に押しつけた。一家三人、別荘に来たところを殺す。
「ギアッチョ一人で十分だろ」
 ホルマジオが言う。イルーゾォは添えられた写真を見ている。家族写真をそれぞれ拡大したものだ。プロフィール。育ちがいい。金を持っている。正義感が強い。健全な家族。だからマフィアに殺されたりもする。
「一家心中に見せかける」
 リゾットが言った。
「金がスムーズに落ちてくる方がいい」
「ボスの命令?」
 イルーゾォが尋ねると、黒い瞳は感情を見せずこちらを向いた。
「オレの判断だ」
「心中に偽装するならオレだけでもよくないか?」
「用心棒がスタンド使いだ。分担は任せるが二人で行け」
 ギアッチョの車を借りて二人で行った。仕事は夕食の時間には完了した。用心棒は髪の毛一筋残さずこの世から消え、正義感の強い父親と金持ちの母親と紅顔の少年は毒の入ったスープでほぼ同じ時刻に死んだ。
 帰りはほとんど喋らなかった。夕飯の時間はとうにすぎていたがどこかに立ち寄ることもなく、まっすぐ事務所に戻った。ギアッチョが待っていた。
「オレの車ぶつけてねーだろーなぁ!」
「気になるなら見てこいよ」
 ぶつけてなきゃいいんだ、ぶつけてなきゃあよ。ギアッチョはぶつぶつ繰り返し、不意に、背後で黙り込んでいるイルーゾォに話しかけた。
「ひでぇ顔してんぞ」
「…いつもだ」
「だな」
 そこであっさり同意されても腹が立つ。鏡の見える位置のソファに座りこむが、報告書どころかペンを持つ気さえしない。すると部屋の外でごそごそしていたギアッチョが、気付け、と安いジンを一杯差し出した。少し舐める。
「割合、楽な仕事だったろうがよ」
 体力的にはそうだったかもしれない。
「罪悪感とか、まさか感じてんのか? おいおい、オレたちが殺った中じゃ慈悲がパレードしてるようなもんだぞ」
「まあな。でも慈悲じゃ腹は膨れねえよ」
「なんだ。飯まだか」
 外のトラットリアに行こうと珍しくギアッチョから誘い、腰を上げる。
「なあ」
 腰掛けたままホルマジオが言った。
「まだカメラあるか、ギアッチョ」
「ありゃオレのじゃねえ。ここのだろ」
「リーダーのか」
「さあ」
「ちょっと一枚、撮れよ」
 ホルマジオは壁の前に立ち、イルーゾォ、と呼んだ。
「来い」
「並ぶのか」
「文句あるか?」
 二人はただ棒立ちに並んでいる。
「サツに撮られる写真みたいだぜ?」
「イルーゾォ」
 促されたが、数歩離れたこの距離より近づけなかった。既に間柄を知られているとはいえ、手を繋ぐことも。肩を組むなど論外だった。
「早くしろよ、イルーゾォ」
「しょうがねえなぁ…。ギアッチョ、撮れ」
 その時撮った写真を、ホルマジオは額に入れたと言った。しかしイルーゾォは見たことがない。ただ、窓や鏡に自分たち二人の姿が映った時、写真があるのだということをふと思い出す。そして記憶がもう一枚の景色をさし込む。裸の背中。オレたち、家族になるか?
 先に寝てしまったホルマジオの顔を見下ろし、イルーゾォは物思いに耽る。戯れに指でフレームを作ってその中にホルマジオを収めた。それだけで、充分だと思った。



2013.11.7