フィール・グッド
真夜中に目が覚める。二人で夜更かしをするならまだ酒を酌み交わしだらだら喋っていてもおかしくない時間だったが、こうやって目覚めてみると夜は深く、そして眠りに相応しい静けさだった。 久遠は隣で腕を枕に眠る男を見下ろした。二階堂は自分に枕を貸してくれて、自分は腕枕で眠っている。 優しくしてくれたのだな、と思う。 身体は少し重いが、動かないほどではない。ショックはもう抜けていた。否、肉体的な驚きはあったが、心の方は決して痛みを感じていた訳ではない。むしろ逆の、彼のぬくもりや優しさを受けとめていた。だから。 「怖くはなかった」 久遠は口に出して呟いた。 布団から抜け出し、隣の部屋から座布団を取ってくる。自分の分にはそれを二つに折って敷き、今まで自分があてていた枕を二階堂の方へ押した。 横向きになって眠っている二階堂は腕を外そうとしなかった。久遠は黙って二階堂の寝顔を見下ろした。穏やかな寝息。人の匂いと体温。それらがあまりに自然に自分の傍らにあることが不思議だった。不快ではない。むしろ心地よい。 この男だからなのだろう、と思う。二階堂修吾という男だからこそ、自分の胸の深くまで入り込んできた。身体を曝かれることさえ、望んで受け容れた。その彼は今、わずかに微笑みさえ浮かべて眠っている。夢でも見ているのだろうか。しかし、ホッとする寝顔だった。 久遠は、二階堂の頸の後ろに枕をあて、そっと二階堂の肩を押した。身体は仰向けに寝返りをうち、頭が枕の上にのる。思わず、ふっと息を吐いた。表情が緩むのが、自分でも分かった。 布団の中に潜り込み、今度は自分が横臥する。頭の下には座布団。視線の先には二階堂の寝顔。溜息のような寝息を吐く唇が、寝る前に言った言葉。 怖くなかった? 返事をできなかった。ただ瞼を閉じた。果てた後のこと、恥ずかしくもあった。それ以上に、目の前に寄せられた彼の笑顔が胸に甘く、泣いてしまうかと思ったからだ。 こんな齢で恋をした、と思う。少し年上の、ビールが好きで、焼き鳥が好きで、それ以上にサッカーが好きな男に。古くて狭い四畳半二間のアパートに住み、ぺしゃんこの布団に眠るこの男が…、と。 怖くは… 「怖くはなかった…」 久遠は眠る男の耳元に囁いた。吐息が耳をくすぐったのか、ふと二階堂の息は止まり、それから深く深く安堵するように吐き出された。 おやすみなさい、と久遠は口の中で呟き、瞼を閉じた。
2012.5.18
|