断片たち
ソルベ
むっと黙ってこちらを見つめる倉間は日焼けした肌に汗をだらだら流して陽の下に立っている。「やあ」 神童は食べかけのアイスにプラスティックのスプーンを刺して、片手を挙げた。倉間は黙ってパラソルの日陰の中に踏み込んだ。 「…なに、それ」 「遅れてくるってメールくれたろ、だから」 先にいただいてた、と言うと、オレはなー走って来たんだぞ走って!炎天下!走って!と遅刻したことを棚に上げ、倉間は怒り、どっかと向かいの席に腰を下ろした。 「仕方ないじゃないか。暑かったんだ」 「オレも超暑かったっつうの」 神童がアイスクリームをひとすくいしスプーンを差し出すと、は、と怪訝そうに右目が見下ろす。 「なに?」 「溶けるぞ」 「オレに食えってか」 「美味いぞ。フルーティーデューソルベ」 「なにそれ」 そう言いながらも倉間はアイスクリームに食いつく。そのままプラスティックのスプーンに歯を立て、がじがじと噛みながら神童から奪い取った。 「返せよ」 「使うのか?それくらい口で食べろ」 神童はスタンドからコーンを持ち上げ、さくりと一口歯を立てる。 「冷たい」 「冷たいからいーんだろ。オレも買ってくる」 また陽の下に倉間が出ていく。振り返りざまに、何だっけ、と尋ねた。二人で、フルーティーデューソルベ、と復唱した。 (2012.6.18 寝る直前)
サムシング・トゥ・スウィート
「何か?」「何か」 漠然とした何か。 「何か冷たくてつるっとしてて甘酸っぱいやつ」 「ゼリー?」 「あー、ゼリーは…甘すぎる」 「アイス?」 「つるっとしてねーだろ」 グラウンド脇の、部室棟に近い水道からどうどうと流れ出す水に足をひたし、サッカー部の二年生がくだらない話をしている。意外にも会話を続けているのは神童と倉間で、その漠然とした欲求を言葉で具体化しようとするものの、求めるものにはなかなか近づかない。 他のメンツはもう喋るのも億劫なのか、めいめい水の冷たさを味わっていて、一番バテてしまったらしい霧野は濡らしたタオルで顔を覆ったまま動かなかった。窒息するなよー、と浜野が力無く笑う。 「なんか甘くて冷たくて元気になるやつ」 「ウェダー」 「やっぱりゼリーだろ、それ」 「意外と我が儘だな、倉間」 「何かって、お前が言えって言い出したんだろ」 「しかしそんな漠然としたオーダーじゃ用意もできない」 「ちょ、お前オレがゼリーつったらゼリー用意したのかよ」 「家に電話しておこうかと」 「いいですねー、神童邸」 速水が眼鏡を外し、濡れた手で顔を拭いながら言う。 「クーラーの効いた部屋でゲーム。神童くんの家のゼリー。完璧ですよねー、こんな暑い日の練習の後には」 「賛成」 青山が小さく手を挙げる。 「最近遠慮なくなってきちゃったけどさ、でも実際神童の家でクーラー効かせてWiiのマリオテニスとか」 「グランドスラムでよくないですか?」 「今日はマリオの気分」 「マリカー」 一乃が主張し、あー、でも動きたくない、と後ろに倒れた。霧野に続いて二人目だ。青山が濡れたタオルを目の上にのせてやる。 「おうおう、だらしないのう!」 背後から声がした。起きている面々で振り返ると、上半身裸の錦が仁王立ちになっている。 「この程度でバテるとは、情けないぜよ」 「お前が異常なんだよ」 「それがホーリーロードを制したチームの言葉とは思えん!」 錦はジト目で見上げる倉間の頭をぐいぐいと押した。 「ざっけんな、やめろよ!」 「その意気その意気。神童、家に電話」 「え?」 「ゼリーがええのう。グレープ味」 「甘酸っぱいっつったらオレンジだろ」 倉間がようやく錦の腕をはねのける。 「アップルでひたすら甘いの」 「あ、オレもそれで〜」 速水と浜野。 「グレープ、他にはおらんのか?」 錦が訪ねると倒れた霧野が手を挙げた。 「お前らは」 青山が 「コーヒーゼリー」 それに一乃が 「オレは生クリーム抜き」 「これで全員かの」 「オレ…」 神童が手を挙げた。 「そうじゃ、当のホストを忘れとった。神童はどれにする」 「オレンジ」 短く答えて神童は立ち上がった。 「家には電話しない」 そう言うと全員から落胆の声。 「その代わり、みんなでコンビニに寄って行こう」 「金ないし」 苦笑しながら浜野が掌を振ると、じゃあ…、と神童は首を傾げた。 「スーパー…?」 「なんで自信なさそうなんだよ」 「倉間の家で食べた、あの小さいゼリー」 「ああ」 「袋にたくさん入ってる」 「うん、あるわ、スーパー」 「じゃ、割り勘で一人幾ら出しですむっけ?」 浜野が言うと、速水が携帯をいじって一袋幾らで…と計算する。 「コーヒー味はないが…」 振り返った神童に、いいって、と青山が笑い、倒れたままの一乃もオーケーサインを作った。 どうどうと冷たい水を吐き出し続けた蛇口をようやく止める。二年生は立ち上がり、よろよろしながらも笑い声を上げながらサッカー部棟へ歩き出した。 (2012.6.22 元気になる何か)
ホッター・ザン・サマー
「プールサイドが暑いのくらい」倉間がゴーグルに溜まった水を捨てながら言う。 「当たり前だろ」 「倉間は暑くないのか?」 「暑いの。お前と一緒」 「知ってますか?」 足をプールに浸した速水が口を挟む。 「プールサイドは地獄より熱い」 焼けた足が水を跳ね上げる。水球の真似事をしていた一乃と青山に水飛沫がかかった。 「何するんだよ、鶴正!」 抗議する青山に手を振って、速水はふふんと笑う。 「どうせ歌の歌詞か何かだろ」 倉間が言うと、ご名答、とは言うものの笑みを崩さない。 「じゃあ、この歌知ってます?」 「知るか」 「君も聞くといいですよ。世界が広がる」 「お前な、日本を牛耳る組織と戦って世界征服しようとする悪の組織と戦ってタイムトラベルまでしてんのに今更どの世界が変わるんだよ」 「ここですよ」 速水の手は迷わず、倉間ではなく神童の胸を突いた。 「ここの世界が広がるんです」 分かりますよね、神童君なら、と指が鍵盤を叩くようにタタタッと触れ倉間の目に何やら複雑な怒りの感情が浮かぶ前に離れる。 「何と言う曲?」 神童も足をプールに浸し、尋ねる。 「縁があれば出会いますよ。歌ってそういうものです。僕もね、この曲は一度レコード店で聴いただけなのに、今じゃちゃんとプレーヤーに入ってますから」 「かっこつけんな」 倉間は相手の首をホールドすると、ぐいぐいと締めつけた。 「ギブです!ギブギブ!」 「聞こえねーなー!」 「浜野くーん!」 助けを求められた浜野はハハハと笑ってまた一心不乱にバタフライで泳ぎ始める。後ろから錦と、そそのかされた霧野が水泳キャップに汲んだ冷たい水をかけておどかすまでプールサイドの騒ぎは――いや水をかけた後も、続いた。
フラジール
裸足と、手、が……。倉間はそれ以上近づくことができなくて後ろでにドアを閉めると、部屋を閉ざすようにそのままずるずるともたれかかった。ピアノの前の床にしゃがみ込む神童は頑なで、卵の殻のようで、やはりそれは壊れやすいもののようにも見えた。 仕方ない、こいつは泣き虫なんだ…、そう思いかけたが泣き虫であることと脆いことは同じではなくて、神童が弱くないことを倉間はよく知っている。 どうしてこんなに閉ざしているのだろう。背中を丸めて、膝を抱いて、窮屈な卵の中に入っているみたいに。だけどその身体は剥き出しだ。触ろうと思えば触れる。無理矢理にでも顔を上げさせて「シャンとしろ!」と叫ぶことができる。 ――前、なら、したな。 四月より前だったら。彼らが天馬と出会う前なら。オレはこいつのことを知ってるけど、分かっちゃいなかったんだ。 倉間は部屋を出て行くことができない。ずるずると尻を落とし、ドアの前に居座る。しかしそのままでは距離が縮まらなかったので、尻を擦るように近づいた。裸足のつま先と、靴下の自分のつま先が近づいて、あ、と思う。これ以上近づけない。それどころか。 ――近づきすぎた。 神童の気持ちが分かる。触れて欲しいギリギリの境をわずかにオーバーしている。 ――だから何だってんだよ。 全部お前の思い通りにすると思ったら大間違いだ! 倉間はがばりと脚を開くと、正面から神童を蟹挟みにする。流石に顔が上がった。不機嫌そうな顔の上から驚きと戸惑いとが塗り重ねられ、顔が強張る。 「しーんどう」 わざと呆れた顔で鼻先に噛みつくように呼んでやると、こわばりがくしゃりと崩れて、ようやく神童は泣く。
悪魔再来
黒い羽が降ってくるのに神童は気づかないふりをする。もうここはワルシャワではない。隣には倉間がいる。歩きながらチョコを頬張るなんて行儀が悪いけど、やっぱりちゃんと倉間だ。だからもう恐れるものは何もない。――どうかな、本当にそうだと思うか、拓人。 倉間はオレのことをそんな風に呼ばない。 ――どうだろうな。俺とそいつは瓜二つだ。どうやって見分ける?何が違う?俺が望むものを、そいつも望んでいないとお前は断言できるのか、神童拓人。 手の中に汗が滲む。平気だ。もう少し歩けばビル風の、冷たい空っ風が吹いてくる。この嫌な熱も汗も吹き飛ばしてくれる。 ――訊いてみろよ、拓人、『俺』が何を欲しがっているか訊いてみな。チョコレートか、クッキーか、それとも。 「倉間」 喉がからからだ。声が掠れる。 ――訊けよ、拓人。 「お前…」 チョコを噛みながら倉間が振り向く。なんらよ、と籠もった返事。倉間だ。唇の端にチョコがついている。キスがしたい。恐れるものはない?オレは怖がっている。キスで全て誤魔化して恐怖も有耶無耶にしたい。 ――訊くんだ。 「今度、は、」 ――ご褒美にキスしてやるぜ? 「今度のお土産、何がいい?」 「またどっか行くのかよ」 指についたチョコを舐めながら、ぶるじょわじー、と授業で何となく覚えた言葉を言う。 「でも、お前が買ってきたいって言うならな、まあ、オレも遠慮しねーけど」 「ああ」 何が欲しい、倉間。 「そうだな」 何が。 「お前、の」 チョコレートを舐めた指が不意に指さして、それが目を、真っ直ぐと指して。 黒い鳥が大声で笑う。羽がわさわさと音を立て舞い散る。 ――ほらな、俺たちは同じ物を求めている。 目の前に。 右側に立っているのはチョコとクッキーの箱を抱えた倉間で。 左側に立っている倉間は燕尾服を着て、そして二人とも自分の瞳を指さしている。 お前の目。 という言葉が重なってその後がまるで魔法の呪文のようにばらばらと聞こえ、目にかなったものなら、とか、目が見たもの、とか、写真、とか、眼鏡、とか、色々な言葉がミックスされてくらくらしたけれども、悪魔がこう言ったのは確かに聞こえた。 ――お前の目が欲しい、拓人。 倒れるな、と足を踏ん張る。大丈夫かよ、と自分を支えてくれる倉間はチョコの箱もクッキーの箱も落としてしまい、ばらばらと散らばったそれを食べようとカラスが何羽も舞い降りる。 「うっわ、こええ。あっちいけ、しっしっ」 倉間は足でカラスを蹴散らそうとする。神童はその上に覆い被さるように抱きついて、倉間を動揺させた。何だよ神童、おいマジでなに、時差ぼけか? 飛行機酔ったのか、体調悪いなら無理すんなよ、ほんとさあ、お前元キャプテンの自覚とか持てよ。 何か言っているのは分かるが、それが倉間の声だという以外分からない。神童は相手に抱きついたまま耳元で、倉間、倉間、と繰り返す。
突然の京マサ
萌えたろ?と得意気に言う、その顔が気に入らない。ごくシンプルな感情論としても、それ以外の部分でも。「…萌えない」 そう返事をしてやると狩屋はまだ笑顔を維持したまま目の奥に感情を閉ざす。 つまりこういう訳なのだ、その表情も、人を小馬鹿にしたような口調も、場を支配しようとする狩屋の心理の奥深いところに食い込んだもので、それはつまり弱い者が自分をどうやってこの棘の多い世界から守り、安全を確保しようという無意識の画策であって、それはそれはつまり自分と狩屋の間には距離があるということなのだ。狩屋自身が認めるかどうかは分からないが、狩屋は自分に傷つけられるのを恐れている。 だから食いつかない。食いついてもいい、多分天馬や信助あたりになら軽口叩いて食ってかかる。なのに狩屋はまた媚を残した拗ねた表情をしてみせて、それこそ萌えるだろ?というやつを演出している。そういう馬鹿も嫌いじゃない、むしろ好きでふざけてくる奴だとは思うが、自分相手のそれは違う。剣城はその口がわざとらしい萌え科白を吐く前に手を伸ばす。 ――たったこれだけの距離が恐いのかよ、お前は。 ぎゅむ、と音を立てるように口を塞がれた狩屋は、口の上を覆う掌を睨みつける。これでようやく本気の感情だ。一発で怒ってくれる程度には近い、か。 「いちいち萌えてられるかよ」 掌の下でもごもごと口が動く。言いたいことがあるらしいが、言わせてはやらない。 「だいたい萌えって何だ、意味分かんねえ」 そんなふわふわした感情を抱いたことはないし、これからも狩屋相手にそんな気持ちにはならない。 口を大きく開ける。そのまま口を塞いだ狩屋にぐいぐい近づくと、その目の奥はまた不意に真面目になる。それは表面上のもので、目の奥にある感情を隠そうとしている。恐怖だ。恐怖から逃れ耐える術を狩屋は身につけている。多分、きっと幼い頃からの習い性で。 ――恐いだろ。 剣城は犬歯を剥き出しにし、笑いもせず大きく開いた口を歯を近づける。恐いって言え。 ――ま、言えないだろうけどな。 そう考えたのを気取られただろうか。不意に目の奥が怒りに滾って、掌に生温かくぬるりとした感触。舐められた! てめえ!と一瞬沸き立った感情のままに耳に噛みつくと、掌の上を激しく流れた息、鼻から思い切り吐き出された息。ふすーふすーと聞こえるそれはホラー映画で聞く鼻息そっくりだ。 「誰が萌えるかよ」 耳をべろりと舐めてやると、泣き声のような震えが喉の奥から込み上げて口を塞ぐ剣城の掌にも伝わる。 パッと手を離した。狩屋の身体は膝からがくんと崩れ落ちる。階段の上階であることを忘れたそれが転げ落ちそうになると、剣城の手は反射的に相手の腕を掴む。しかし見上げるその目には、多分、見たかった恐怖が涙と一緒に滲んでいて、狩屋は今にも手を振り払おうと藻掻く。 「馬鹿」 落ちるぞ、と続けた声が何故か掠れて、そうだ馬鹿は自分だと思った。取り敢えず、本当に泣かす気はなかった。 踊り場に引き摺り上げた身体を押し倒すと狩屋は急に大人しくなって、それもまた過去を窺わせるようでいらりと感情が揺らいだが、どうして臑の傷、過去の後ろ暗さと言えば自分だっていい勝負だ。剣城はそのまま狩屋の上に覆い被さり、繰り返した。 「萌えるかよ」 そう呟く自分の息も切れている。ふ、と剣城は笑った。 「恐いか、オレが」 「……誰が」 「じゃあ、目は開けてろよ」 僅かに唇を開いたまま近づく。勝負をするように狩屋の目は見開かれているが、それがすんでになってぎゅっと瞑られた。剣城は触れなかった。恐怖やなにやに耐えようとする狩屋の顔を間近から見下ろした。 ふーふーと自分の息が聞こえる。狩屋の息はまたホラー映画のようにふすー、ふすー、と繰り返す。が襲ってくるものがなくて狩屋が瞼をちょっと開いた瞬間を狙ってべろりと唇の上を舐めた。 「な……っ、うえっ、舐めっ」 「嫌かよ」 今度こそ唇で触れると、狩屋は本当に泣き出して、それは、ふぇぇんと鼻にかかった幼児のような泣き方で、多分、狩屋は本当に幼かった時にこんな風に泣いたことはないのだろうと思うと剣城は笑いが込み上げてくる、それを抑えられない。笑いながらキスをしてやる。涙でぐしゃぐしゃの瞳が自分を見上げる。そして自分に湧き上がる感情は、やっぱり萌えじゃないな、と思いながら。詰め襟を開く、覗いた首筋に噛みつく。
ケーキと腹筋
家に帰ると冷蔵庫の中に残り物のケーキが入っていて(今日は昼間の内に親戚が来たらしい)夜に甘いものを食べるのは駄目なんだ、という誰かの科白がちらついたが構うもんかそれ以上にカロリー消費してんだよこちとら、と躊躇わず口に入れる。ダイニングキッチンで一人ぱくついていると、受験シーズンに突入した姉が入ってきて自分の分と一緒にコーヒーを淹れてくれる。「珍しくやさしーじゃん」 「うっさい。いちいち茶化すんじゃねえよ」 言葉遣いの悪さは姉譲りだなと思いながら砂糖抜き、ミルク半分のコーヒーをもらう。ケーキが甘いから砂糖はいらない。 ケーキはその辺の不二屋で買ったものらしく普通に甘く美味しくて、そうそうケーキってこういうもんだったよな、と思い出すのは神童邸で食べるケーキが名前も分からないような高級な店で作られたものだからで、あれだってたっぷり甘いけど、多分リキュール?とか?入ってるんだよな、ちょっとお酒の匂いがする、と上品なあの香りを思い出しつつ、でも神童はあんまり食べねーよなー、と思って神のタクトで振りかざす指先や、ピアノの鍵盤を叩く指先や、その上の細い腕やを思い出し、あーでも腕ならオレも細いかも、と続けて思い出した先が腹筋だったから、一度自分は死ね、と思いながらコーヒーを飲み干した。 そりゃさ、と汚れた皿を片付けながら考える。練習上がればロッカールームで普通に脱ぐし、見るし、多分誰でも知ってるし、男同士だし、気にすることねーし、腹筋とか、普通じゃん腹筋とか、とは思うものの、瞼の裏に蘇るイメージは鮮明に夏のあの日の再現で、死にたくなる。 ――待てよ…。 倉間は濡れた手で頭を抱える。 ――オレ、ケーキ食っただけなのに。 思い出すのが神童のことばかりだ。 取り敢えずあいつが悪い、あいつが…エロいことしたのが悪い、と結論づけて部屋に戻り頭からベッドに突っ込む。むかっ腹が収まらなかったので、お前のこと嫌い、とメールを打つとすぐ様泣き出しそうな電話がかかってきたから、馬鹿、嘘だよ、と言ってやった。 『言っていい冗談と悪い冗談がある!』 電話口で神童は叫び、あ、結構怒ってんのか、と思うと意地になってしまって、オレがお前のこと嫌いになる訳ねえだろ!と恥ずかしいことを叫んでしまったにも関わらず、三日間喧嘩をした。口も利かなかった。 神童と喧嘩をしたら、普通折れるのは相手の方なのに、今回は神童が折れた。箱一杯のドーナツを御進物に謝られた。すると本当に自分が悪いことをした気がして、というか嫌いでもないのにわざわざ嘘を吐いたのはオレの方だし…ともごもご言いながら一緒に神童邸に行ってドーナツを食べたところまでは普通の話っぽいが、どうしてまた押し倒されているのだろう。 「ごめん…」 倉間は謝る。 「本気で謝ってるのか…?」 と言う神童は綺麗に笑っていてそれが恐い。こんなに恐いキスは初めてだった。 (10.9 わたりさんが「う… 拓倉…うう …('、3_ヽ)_パタ…」とおっしゃったので)
2012.6〜9 渡鳥さんの絵を拝見しながら、照応。
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