ブランニューカラフルワークス
夕食の最中、場所取りをしなくていいのか、と久遠が至極真面目な顔をして言うので、不動と冬花は思わず吹き出してしまった。 「花見じゃねえんだからさあ」 不動は笑いながらフォークで指さす。 「そんなに心配なら一緒に来るか?」 「折角の年越しに人込みは結構だ」 冬花が流しに立つと、洗い物はしておくから、と久遠が追い立てる。予定より早くフラットを出た。中心部はもう歩行者天国になっていて、人でごった返している。バスの二階から見下ろすと、恐らく学生だろう色とりどりのカツラを被った集団が声を上げながらエールの瓶を片手に騒いでいる。 「凄い賑わいね」 そう言いつつも冬花がちょっと引き気味なので、不動は黙って冬花の手を握った。冬花は窓から目を離すと不動を見て、安心させるように笑った。 「怖いなら帰るぜ?」 「ううん、折角ここまで来たんだもの。それに明王くんがいるでしょう?」 手が握りかえされ、不動はそのぬくもりを感じる。 テムズ川沿いは新年のカウントダウンとニューイヤー花火を待つ人間でざわついていた。設置されたスピーカーはクラブミュージックを流し続け、まだ一時間以上あるのに既に相当なお祭り騒ぎだ。 久遠が場所取りを心配していたが、確かにもう座る場所が見つからない。構わないわ、と冬花が言うので、花火が打ち上げられるロンドン・アイが正面に見えるまでのんびり歩いた。巨大な観覧車は遠くからもよく見える。七色に光るあれは代表的な観光名所の一つだが、そう言えばまだ乗ったことがない。一時間待ちはザラだそうだ。冬花はかすかに笑みを浮かべて近づくロンドン・アイを見つめている。今度試合で点を入れたらそれの祝いを口実に連れて行こうか、と考えた。 人込みが激しく、ロンドン・アイの正面まで辿り着くことができなくなった。その内、スピーカーの音楽が途切れ、カウントダウンを知らせる。音声。周囲の人間が手を突き上げ、テンカウントを始める。ナイン!エイト!セブン!湧き起こる熱気に不動も、それから冬花も精一杯声を上げる。手が強く握りしめられる。スリー!トゥー!ワン! ハッピーニューイヤーの叫びと共に教会の鐘の音が一斉に鳴り響く。それを更に震わせるような花火が空一杯に花開き、音と衝撃が群衆を包む。花火が上がるたびに人々は歓喜の悲鳴を上げる。 ぐっと冬花の身体が密着した。人に押されている。花火に照らされた瞳が興奮とかすかな不安に揺れている。不動は黙って冬花を抱きしめた。両腕の中で冬花は驚き、そしてゆっくりと表情を溶かした。唇が、何かを囁いた。名前を呼ばれたのか、あけましておめでとう、と言われたのかよく聞こえない。耳を近づけると、頬に優しいキスをされた。 帰り道も大混雑で、通常運行しているバスものろのろとしか動かない。歩いた方が早い、と途中で降り、目についたものを衝動買いしながら帰った。花束。ワイン。フィッシュアンドチップス。ぬいぐるみ。フラットの玄関前で不動は立ち止まって冬花にキスをした。今年もよろしく、と囁くと頬にぬいぐるみが、唇に微笑んだ冬花が甘いキスを返した。
2012.1.8
|