冬、キミ、ミカン
毎年冬になると愛媛から段ボールいっぱいの蜜柑が送られてくるので、年末年始の炬燵の必需品には事欠かない。父と明王がお礼の電話をする時、冬花は息をひそめて台所の椅子に座っている。磨りガラスの障子に映る曖昧な色の影。炬燵の色。二人が電話をする姿。冬花は足元の、愛媛みかん、と大きく書かれた段ボールを見て微笑む。テーブルの上には出来上がったばかりのおせち料理。今回作った寒天ゼリーは紅白。白は牛乳。赤はトマトだ。その正体はまだ明王に言っていない。黙って様子を見ようと思う。 電話が終わったらしく、テレビの音が大きくなる。冬花は竹編みの籠に蜜柑を山積みし、茶の間に運んだ。明王は炬燵の上に頭の乗せてだらしなくテレビを見ている。久遠はそれを叱るでもない。ただ柔らかな視線で明王の後頭部を眺めている。冬花は明王の向かい側に座り、持ってきた蜜柑に早速手を伸ばした。 今年と言うか来年? とにかく今夜は日付が変わるまで起きていようと決めていた。今までは大晦日だろうが関係なくいつもどおり十二時前に就寝していたのだが、たまには悪くないという話になった。何より今年は明王も冬花もハタチになり、アルコールを交えつつ語り明かせる齢になったので。 番組は紅白歌合戦に固定。サッカー以外は世俗に疎い父も、演歌には興味のない明王もこの日になれば何だかんだで小林幸子の衣装が気になるのだ。冬花も同じく。アイドルユニットが歌うきらびやかな舞台は苦手なのか、久遠も蜜柑に手を伸ばす。 「明王君は?」 冬花が声をかけるが、明王は顔を上げない。冬花は炬燵の中で足を伸ばし、不動の膝をつつく。 「み・か・ん」 「むいて」 明王はひとこと甘えた。久遠は自分でむけと叱ったが冬花は甘えられるままに蜜柑の皮をむく。房を取り分けると、耳を掠めるような小さな、しかし爽やかな音がする。 「明王君、あーん」 「やだね恥ずかしい」 「じゃあ私が食べさせてやろう。明王、あーんだ」 「はっずかしーな」 久遠に向けられたそれは、冬花に言った恥ずかしいとは意味が違うようだ。明王はのっそり顔を上げると、首を伸ばして口を開けた。冬花は指先でつまんだ蜜柑をその口の中に入れてやる。明王はそのままもぐもぐと食べ、久遠はそんな明王を見ながら手にしていた蜜柑を自分の口に入れる。明王が視線をやる。 「くれねーんだ?」 「…欲しいなら素直に言え」 小林幸子登場前にビール一本とグラスを三つ。今年の総括と来年の抱負。明王の反省はあまりカードをもらわないこと。それを聞いて久遠が笑った。明王が怒ると、お前が欲するようにプレーすればいい、と監督と言うより哲学者のような物言い。耳が赤い。彼は意外とアルコールのまわるのが早い。結局、一月一日の来る前に気持ち良さそうに寝てしまった。明王と冬花は顔を見合わせ微笑み、小さな声であけましておめでとうを言った。
2011.1.4
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