telepathic kiss







 一年前にチームメイトから借りたままのガレージ・ロックをかけながら遅い夕食の支度をしているとバスルームから出てきた久遠が「にぎやかだな」と半ば呆れて見ていた。
「そんなに踊り狂って、下からクレームは来ないのか」
 踊り狂って?明王は久遠のその言い回しがおかしくて、今度はわざと足元のステップをきかせながら近づき、濡れたままの髪を腰に引っ掛けていたタオルでごしごしと拭った。
「いいんだよ、どうせ下の階のヤツは今夜中帰ってこねーし。だいたいこのフラット、キッチンはやたら丈夫でさ。響きゃしねえよ」
 実際にダンサー志望の男が上の階に住んでいて、今明王たちがいるこの真上でどすんどすんと練習をしているらしい。どすんどすんという形容はいつだか階段で会ったダンサーを目指す本人が言った言葉だが、踊りながら階段を下りる様は重力のない空間で跳ねるようだった。そういう話をすると、響かなければいいという話ではない、と久遠は言ったが新年のカウントダウンをする夜にそんな言い方は野暮というものだ。明王は映画を真似て手っ取り早く久遠を黙らせ、夕食を持ってくるから服を着ているようにとキッチンから追い出した。
 ロンドンには今朝ついたばかりの久遠は娘からハズレのないレストランのリストをもらっていたが、眠気と疲れにそれを無視し当然のごとく英国料理の洗礼を受けたらしい。明王が迎えにいった時には半ば倒れかけていた。舌に合わないくせに全部食べたのだ。彼は美味いと言ってペプシを飲み、日が暮れるまで明王のベッドを占領して寝ていた。冬花と一緒に来ればこんな悲劇は避けられたのだろうが…、しかし冬花だけをホテルに泊めて自分だけこの部屋に入り浸る訳にもいかないし、父親の感情は本人以上に娘が分かっていた。それで送り出してくれたのだ。
 明王は電話を耳と肩で挟み東京の冬花に電話をかける。コールを待つ間、いつもならダイアルする前に計算する時差を暗算し、しまったと思ったが回線は繋がった。懐かしい冬花の声。背後がガヤガヤしているので尋ねると、年越しサッカーを終えて友人らまとめて円堂宅に集まりおでんを食べているところとのことだった。
「元旦におでんかよ」
『そういう明王君は? お父さんが食べたいもの作ってくれてる?』
 ベタな日本食をと思って味噌汁を作っていた。冬花は、私も明王君のお味噌汁好きよ、と言い、電話くれてありがとう、という言葉の後に小さく付け加えられた沈黙。
「…今キスしたろ」
『ふふ、ナイショ』
 電話が切れると明王は首をぐるりと回し、味噌汁の匂いをかぐ。自分でもこれを食べるのは久しぶりだった。懐かしい匂いだ。それを身体にまとわりつかせ、狭いリビングに顔を出そうとすると下着姿の久遠と正面からぶつかる。
「…いい匂いがする」
 朴訥だが素直な言葉の響きに明王は目の前の疲れた大人を叱るのはよし、味見させてやるよ、とキッチンに招きいれた。味噌汁。日本からのお土産の漬物。久しぶりに炊いたご飯。新年カウントダウンの食事。
 数時間後、あけましておめでとうの挨拶は冬花からもらったキスをお裾分けに。



2011.1.4 年賀状企画、某0様からリクエスト「くどふどor久遠親子+あきお」