最後の裏切り


 春の夕暮れはどっぷりと重たい熱気に包まれていた。駐車場のアスファルトからねっとりとした春の匂いが立ち昇る。その中にあっても男は涼しそうだった。微笑さえ浮かべていた。
「オレはお前がお前自身を信じる以上にお前を信じている。だから、お前を選んだんだ」
 セダンの後部座席にダンボールに詰めた荷物を載せ、バン、と音を立ててドアを閉める。涼しげな目がまたこちらを見た。
「言っただろう。お前がいれば成し遂げられる。オレは信じて疑わなかった」
「僕なら騙されるだろうと?」
「お前自身も分かっちゃいない」
 運転席側にもたれかかり男は煙草を吸った。あまり見る姿ではなかった。
「騙そうだなんて思ってはいなかった。仕事を成し遂げた上で自分の身を守れなかったのはお前自身の責任だ」
「気づいて逃げるのが賢いやり方なら、僕は愚かなりに仕事をするだけだ」
「オレを狡猾だと思うか」
 その通りだと男は煙を吐いた。
「だが結果はこうだ。お前には本当に世話になった、田代」
 田代はくるりと背を向けてホールの暗い入口に歩き出した。
「田代、お前は分かっていない」
 大声を、男は上げた。
「お前の本当の美しさを誰も分かっていない。お前も分かってない。オレだけだ。オレだけだぞ、お前の本当の価値を知っているのは」
 利用価値なのだろう、と思った。が決着はついたのだ。勝者に道は拓けようが、敗者にも仕事は残っていた。事務所に戻ると、アルバイトが顔を上げた。
「ただいま」
 田代は声をかけた。