ヘッドハンティング


「箱物行政だと言われようが構わない。このホールができることで市が変わるのは確かなんだ」
 淡い月光が街中のぽっかりとした空き地を照らし出した。枯れ草が夜風にさらさらと鳴った。
 見せられた完成予定図は田代の目の中に残っていた。ただの記憶であるはずのそれが目の前に立ち上がったのは自分の中に鳴り響く音楽のせいだった。オーケストラの響きは田代の内に幾重にも反響する。消えず、残る。
 時を超えて美しいものは存在する。
 理屈を越えて胸に響くものはある。
 それは真実だ。
 田代は眼鏡の奥から目の前の男をひたと見つめた。
「お前の心が分かるとは、オレは口が裂けても言えない」
 男も笑みを収めた。しん、となった。
「悔いていると口に出したところでお前に信じてもらえるとも思っていない。だが、オレにはあの出来事は忘れられなかったし、何故ああいうことをしたのかと何度も問いを反芻した。オレはお前を独占したいという願望をあんな形で実現させてはいけなかった。お前の信頼をあんな風に利用したことは決して赦されない」
 ガサリ、と草が鳴った。大柄な身体が草の海に沈み込んだ。田代はなるべく表情を変えまいとしてそれを見つめた。男は地面に両手をつき、頭を下げていた。
「これはオレの胸の底からの気持ちだ。だがこの仕事にお前を呼んだのは贖罪のつもりではない。お前なら信用できるからだ。苦労する仕事になるだろう。だがそれをオレと一緒に成し遂げられるのはお前以外にいないと確信している。あのビルの中でお前だけだ」