似ていると思った


 青年がとうとう自分の手で足袋を脱がせた時、これがいつもの夜ではないという予感はあった。怖さがあった。懐かしい恐ろしさだった。ほんの少しだけ山本のことを思い出した。同衾する夜は考えるまいとしている。それでもどうしても思い出した。あのいたずらっぽい眸を思い出した。だが恐ろしいほど真剣なあの掌を思い出した。愛情に満ちた行為を与えながら、刃の上に命を載せるような真剣さが常にあった。故に、深く愛された故に、奥底までも刻みつけられ彼を忘れることなどできない。どんな瞬間も、この若い手が何度抱こうともだった。
 両の手ががっしりと腰を抱え熱を突き上げてくる。すっかり夢中になっている。夢中になりすぎて忘れることもあるから、そんな時熱を持て余してしまえば自分で手を伸ばすしかない。だが、それさえ間に合わなかった。前に触れられずに達する絶頂は勿論並外れた快楽ではあるのだが、恐怖でもあった。山本の手は常に田代に触れ、撫で、なだめていた。何も言わずとも語りかける掌だった。あるいは陣基と囁く声があった。恐怖に逃げ出しそうな身体はきつく抱き締められ、田代もまた広い背中を抱き締めた。
 だが抱き締め得たのは枕だけで爪は畳を掻いた。荒い息づかいは聞こえるが名を呼ぶ声はない。それなのに煽る熱が自分の求めているものとぴったり添っていて、それが突き上げるたびに相乗し、怖くなった。声が、言葉が、幼子のように怯え、縋った。しかし手がシーツを掴むだけだ。あまりに熱が高ぶり抱かれた日を夢に見ているのか、それとも本当にあの若者が自分を抱いているのか。言葉は山本を求めて縋った。吐精の後、上からのしかかる身体に潰されるように崩れ落ちて、そこをやわやわと握られながら余韻に浸っていると急に首筋を噛まれた。好きだと言われた。確かに青年の声だった。しかし。
 ――似ていると、思った。
 眠りこけた若者を見下ろし、どうしてやろうかと考えたが、結局水を浴びた身体を隣に横たえた。短い髪に指を通し、張りのある頬に触れた。眠っていても、キスをするのに緊張した。目を覚ましたらどうしようと。唇を押しつけてそっと離し、間近でその顔を見つめた。いつか筆谷の言った、自分が山本に似ているという言葉。それよりも目の前のこの若者の方が山本にはよく似ていた。似ていたから好きになったのかと思うと急に鼻がつんとする。胸が圧された。申し訳ないと思った。
「君を侮辱するつもりはない…」
 もう一度、今度は頬に唇を押しつけて、背を向けて眠った。








2015.3.21