恋う弟子
君は弟子のくせに、と期酔は呟いた。そしてはっきりした声で「いけない奴だ」と彼を非難した。学生は、弟子、という言葉で浮かれるのと、くせに、という言葉にひどい反感を感じるのとで胸が急激に熱せられ、叫び出したいのを呻きに噛み殺した。目の前の男は何事なる現象も起きずといった風に澄ましているので苛立ちは胸の底の冷えるような焦燥に変わった。一方で加熱しながら底の方で何とかこの人をやり込められないかと考えた。賢しらな青年は己が師の弱点を突くことにした。 「先生は。じょうちょう先生もそんな言葉を使いましたか」 その瞬間の期酔の目は暗い闇だった。すっと目を細める仕草はあまりに見事だった。いつも広く見える白目のほとんどが目蓋に隠れ、しんと黒い瞳が彼を見た。確かに見たが据え物でもみるような目だった。怖くなったがおくびには出さない。こちらにも意地がある。若者なれば勇気をもって行動すべし。だから退かぬ。斬るなら斬ればいいのだと学生は思った。俺を斬れば先生も何を斬ったか気づくだろう。それで手に入るなら安い。永遠を対価にするに、己の死は価値がある。 だが急に期酔は視線を逸らし、目を閉じた。 「あの方はいけない男だから」 しんと静まりかえった書斎にくはっと学生の息を吐く音が響いて、彼はみっともなく動揺しながら期酔の側から離れた。期酔の声は相変わらず平たく、そこにも感傷の湿っぽさはなかったのだが、それがずどんと彼の土手っ腹に食い込んだ。恐怖を突き抜けて肉体を内側から焼き尽くす熱が瞬時に行き渡り、指先も頭の奥も痛み、痺れ、ままならぬ息が酸素を欲して上げたのが先の醜い声だった。勃起しているのに気づかなかった。期酔がじっと見ているのでようやく知るに至った。両手で押さえ込むとまた痛みが脳天を突いた。 「君は馬鹿な弟子だ」 彼はもう涙の出そうなほど狼狽えていたから、そこに期酔の平生見せない拗ねを聞き取ることはできなかった。もっともいつも平らかな期酔の声である。それもほんの少し、馬鹿、にアクセントを置いただけだった。だが期酔自身が己の拗ねているのが表に出てひどく苦々しい顔になった。だから学生はいよいよ畏まって、膝を擦って退がった。
童貞
「じゃあどうして衆道の心得なんか懇切丁寧に教えてくれたんですか」 「君が男だからだ。そして僕が男だからだ。そんな関係になったら君、困るだろう」 「道徳なぞ関係あるかと言ったのは先生だ」 「君が困るだろう。女色と男色の二股をかけてはならないというジレンマに苦しむのは君だ」 「心配されなくても俺は童貞です!」 「叫ぶこともあるまいに」 期酔は筆の尻で額を掻き、至ってつまらなそうに言った。 |