沈黙は豊かであるのに、何故、不意に


 語り合うのと等しく沈黙の時間も豊かであった。蚊帳を吊り、団扇を片手に虫の声を聞く。月は夕立を降らせた雲に時々隠れ、隙間からその白い光が射すと清々しい心地がした。膝を枕にしていた人がそろそろ寝ようかと起き上がり、言葉と逆さまなのがおかしいと頬を緩める。黙って頷いた。声には出ない。
 蒲団は二組敷いているものの、立ち去りがたいような、である。
 同じ蚊帳の下であるのに何を恐れているのか。子供じみた弱さだ、と陣基は思う。
 寝るには今が頃合いだったのだ。時宜を外せばこのざまである。動けない。
 俯き、溜息をつきかけて堪える。寂しいと口にするなど馬鹿馬鹿しいような近しい距離を、しかし隣の蒲団に移ることもできない。
 物の距離の話ではないのだ。蒲団は隣でも、山本は目の前にいても、突然耐えられない淋しさが陣基を襲った。それを淋しさだと自覚すると、今度はわざと離れようとした。その時に手を掴まれた。
 肩口に顔を埋め、溜めていた息をようやく吐く。細い息。泣いてはいない。だが必ずと言っていいほど泣きたくなる。
「お恥ずかしいです」
 口に出すと山本は黙って掌で頭をぽん、ぽん、と叩いた。そのまま泣いてしまいそうだったので、田代は細い息を続けた。震えぬように静かに丁寧に息を繰り返した。