耳へは誘惑


 布団の上で膝を抱え、田代は瞳を半分閉じた。ついこの前まで四方を優しく囲んでいた蚊帳は取り払われ、九月の、街にいればまだ熱気の残る夜だが、ここでは既に涼味を纏う風が縁側から吹き込む。肌寒く感じるにはまだ間があるか。
「裸で」
 背後から声がして、ふわりと浴衣がかけられる。
「いい、お風呂でしたので」
「風邪を…」
 引かんか、と間を置いて山本は呟いた。
「まだ若い」
 田代は浴衣に袖を通し、帯を探す。振り返ると、ふん、と笑って山本が手の中のそれを軽く振った。
「先生…」
 合わせた前を押さえ、身を乗り出す。山本がすいとしゃがみ込んだ。鼻先の触れる距離だ。田代は俯いた。腕が腰に回る。頬が触れたかと思う。耳に押しつけられたのは確か唇だろう。目の前の肩に顔を埋める。先生、と呟く。こんな時田代は、このまま死ねたら、と甘えた気持ちになった。
「先生」
 息を吐く。
「先生…」
 息は首筋を撫でる。そのままじっとしていると、おい、と低く呼ばれた。
「寝たか?」
 肩に押しつけるようにして首を振った。
「こっちを、向かんか」
 首筋に触れる、それを覚えたと思った。そして再び、覚えて忘れまいと思った。
 黙って肩に唇を押しつけると、頭を抱かれ引き寄せられた。