縁側でなにやってんすかねこの師弟は
目の中にすっと宵闇の溶けこんだ、瞳の黒が心を吸う。目が合い、まばたきまでの間、時を忘れる。阿僧祇ほどに引き延ばされた須臾の中、何を考えたものだろう。若者の、眼鏡を外した手つきの、鯉口を切るような鋭さ。清廉である。裸の瞳にあどけなさを感じたのも束の間、こちらを見据える視線は立ち合いのそれである。ぴんと張り詰めた空気。吸い込んだ宵の風を胸に留め、しばし息を止める。鷹揚に構えるは見せかけだけのつもりではないが、ともすれば揺らぐか。思わず、などと覚悟のないことはできぬから、ぐっと堪えて黒い瞳を見返した。 まばたきで瞳はわずかに伏せられた。見られ慣れていない膚がかすかに色づく。西の空の照り返しであろうか。残照は淡く、縁側は既に深い青の一色だ。この青は瞳の中だけにあるという。田代の瞳には更に深い宵の闇が宿っている。より形のない世界を見るか。 ひたり、と板間に掌を這わせ、滑らす。目交いに力が戻る。宵闇の中から二つの瞳が見つめる。目はそれに応えながら掌が滑り、つ、と爪先に触れた時、だがどちらも動かなかった。田代は惑う様子はなかった。足の甲に手が這う。わずかに開いた唇が息を吸う。止める。指先は踝に触れ、くるりとなぞる。息を吐く。短く。そして止める。足首を掴む。山本の全身を、ざわりと何かが蠢いた。田代が、ふ、と息を吐き、また止めた。目が伏せられる。足首を掴む手を見ている。再び眼差しが上がる。まだ、どちらも笑わない。 足首を掴む手に、田代の手が重ねられた。強く掴まれた。笑ったのは山本だった。口の端がどうしても持ち上がり、歯が覗いた。堪えられなかった。精進が、足りん。その足に手を伸ばした時からである。その瞳をじっと見つめた時からである。しかし師が負けたと軽々しく口にしてはならぬ。屍を弟子に踏ませるにはまだ早い。それは弟子も心得ていることで、田代はわずかに首を反らせ喉元を露わにすると、また傾ぎ、斜めから山本を見上げた。 わずかに身を乗り出す。近づいた分、互いに纏う宵闇が溶け合う。分かるのは濃藍の下で脈打つ血の気配だ。触れれば裂け、噴き出すような血の。 手が解かれる。首の、膚の下に奔る激流を破るかと思うほど噛みつけばそのまま食い殺しかねぬかと、掌で触れてさえ突き上げる衝動に畏怖した。畏れはぐっと呑み込んだ。撓める。息をこらす。噛みつくか。まだだ。肩を掴み強く押せば、身体は反発を示しながらゆっくりと後ろに倒れた。上から見下ろす。黒い瞳が見上げる。身体は半ば闇に溶けている。底流が轟々と渦巻く。 つん、と張り詰めた糸の切れ間近で見た瞳の、伏せられたのがゆっくり持ち上がるのが、潤む。切ない余韻が直下に落ちる。腕が伸ばされる。 残照を呑み、包み込んだ夜の闇は那由多である。月のない夜の、風のない夜の、溺れさせる闇である。その中で絡みつく腕の熱さに、山本が縋るかのようだった。 |