パッションの読み解き
浅瀬の波間からふと顔を出すように目が覚めた。寝入りからそう時間は経っていないのだろう。隣には瞼を閉じる前に見た身体が横たわっていた。 眠る身体は完全に弛緩しきってはいない。真っ直ぐなものを横たえて見える。水仙の茎。短刀。静けさの両極をその身に感じる。山本は露わになった首筋にそっと顔を近づけた。息を殺す。膚に伝わるぬくもりがある。体温と、膚の匂いだ。軽く息を吐き、目を瞑って吸い込んだ。 若い、と漏らしたことがある。四十も近いから世間で言えばもう若くはない。だが、若い。自分にとっては二昔も前に通り過ぎた時代だ。だが齢だけの話ではないと山本は思うている。心に若い清冽がある。田代の視線には白刃のごとき鋭さがある。それは往々にして彼自身にも向けられる刃だった。内に仕舞い込めば錆びさせる。無闇に振り回せば人を傷つけ己も刃こぼれをする。そうして鈍になる心は多い。 田代が内に秘める清潔は強い。だが時には曇ることもあっただろう。血腥いような匂いを感じたことはある。時には焦燥。時には背後から襲い来る何かに田代は僅かに唇を噛みしめる。 だが血腥い曇りが凪いだ水面のように澄む。田代の目は透徹している。全てはこの肉体に帰結すること。そう胸に呟いた田代に淀みはない。すっと差し出される摺り足の、清さだ。 一体どこの阿呆がこの清潔な若者を野に放ったのだろう。が、その清さ故とも思える。巡り合わせを思えば、山本は感謝もしなければならない。放下した阿呆はきっと阿呆であろうが、書一つから自分を辿り訪れた田代には深い想いがある。今はそれを愛情と呼んでもよい。 息を吐く。それは田代の首筋に流れる。眠りの兆しを山本は感じた。 |